第9話クロスファイヤー

 歩くこと数分。関所の手前にある駅逓局えきていきょくにやって来た。

 ここには移動に使われる騎乗生物が繋がれている舎房がある。

 疾鳥ガストル。雲のようにふわふわな羽毛は鮮やかな水色。ダチョウよりもたくましい巨躯きょくと後肢、抜群の健脚を誇る陸鳥。この世界での主な交通手段。


 馬と同等の速さと走破性、だが馬と比較して水の代謝が少なくて済むため、効率の観点からも重用されていた。

 受付にてそれを二羽、数日のレンタルを頼むと代金を要求され一括払い。

 しゃがませた疾鳥ガストルくらまたがりその場を後にすると、関所にて通行料を払い街の外に出た。


「はあっ!」


 手綱を鳴らして全力疾走を合図。みるみるうちに加速していき、郊外に広がるのどかな田園風景を後方に流しながら風を感じた。

 日陰に根雪が残る三月は、まだまだ頬に当たる風が肌寒い。


 時速約三十キロ。それが分かるのは、道端に一里塚みたいな灯篭が設置されているから。

 淡く光るそれは魔除けの魔法が施されており、限定的ではあるが魔物の侵入を阻む効果があるらしい。


 灯篭は三キロメートルの等間隔に設置されているので、速さと距離が分かりやすい。

 村までは三十キロメートル、約一時間。それだけの時間なら休憩なしでも乗り潰す心配はないし、給水に止まる必要もない。


 街中とは違い、何事もなく二人行軍。代わり映えのない穏やかな景色を眺めながら一路、祖母が待つリベト村を目指した。

 日が西に傾き始めた午後四時。オレたちは村に到着した。


「ん?」


 村の駅逓局えきていきょくに入ると、瀟洒しょうしゃな装いの疾鳥ガストルが二羽、目に入った。事情を詳しく聴くと、祖母の友人らしい。

 同年代の女性。それが自分と引き合わせたい御仁なのだろうか?


「まあ、聞けばわかるか」

「ですね」


 どんな人物なのだろうか。興味が尽きない。期待に胸を躍らせながら、村の外れにある祖母の家に向かった。


「おや、帰ってたのかい」

「元気そうだねぇ」

「おてんばなのは、相変わらずだな」


 途中、村の人たちが気さくに声を掛けてくれるので、再会の談笑もそこそこに楽しみながら勾配こうばいのある道を昇っていく。

 山麓の村。祖母の家が山に近いのは、それだけの実力があるからだ。


 山際の村落は魔物のみ処と人類の生活圏との境界線。その最前列ということは、それだけ遭遇のリスクがあるということ。

 柔らかい物腰に反し、若い頃は女傑として知られた祖母は未だに現役で、ここら一帯の山狩りにも請われて出かける。


オレも十五歳で成人する前は、野球と剣術でよく鍛えてもらった。

 程なくして祖母の家に着くと、庭先で洗濯物を干していた有角人の少女が出迎えてくれた。


 クローデット。祖母が引き取った孤児。この世界、魔物による家族との死別は珍しくもないし、出産後に母親が亡くなることも同様だ。

 前世で家族と死別する前、自分がどれだけ恵まれた環境で育っていたのか。こっちの世界で暮らしていると、そんな事を考える機会が少なくない。


「二人ともおかえり~」


 メイド服に相好を崩した顔で出迎えてくれるクローデット。


「ただいまクローデット。で、ばあちゃんは?」

「友人が来たとかで、今は一緒に野球しに行ったよ?」


 何でも、手紙でそういう約束をしたのだとか。


「相変わらず、お元気そうで何よりですね♪」


 風貌ふうぼうについて尋ねると、純白の翼が美しい白髪で美魔女な有翼人セイレーンらしい。

 有翼人セイレーンは鳥翼を持つ人族で、両翼は肩甲骨の内側から生えている。


 腸骨から羽が生えている淫魔族サキュバスとは骨格からして違う。

 有翼人セイレーン人間ヒューマンと違って個体数が少なく珍しい種族だ。祖母の顔の広さを改めて思い知る。


 祖母の家はそこそこ立派な二階建て。あてがわれた二階の自室に荷物を置いて旅装を脱ぐ。

 その後でミットと球をバッグに詰めバットで担ぎ、ピティエと共に野球場へと向かった。


 人当たりの良い祖母が野球を優先したくなる人物。オレは俄然、興味が湧いた。

 巨木を切り出し、抜根して広げた中腹の外れにある空き地。内野ほどの広さしかないその場所に、祖母は土を盛って簡易的な野球場を作った。


 そこへ足を運ぶと、普段と空気が違っていた。

 子供たちが固唾かたずを呑んで見守る中、マウンドと打席に立つ老境の女性と祖母が真剣な表情で対峙する。緊迫する雰囲気が傍から見ても伝わって来る。


 白髪の女性がバットを構えると、有翼人の女性が両手を高々と揚げた。ワインドアップ。

 柔らかい四肢をしならせて速い球を上から投げ放つ。その角度がエグい。


「うおっ 今の、クロスファイヤーじゃねえか!」

「本当ですね」


 クロスファイヤーとは、右打者に対し左投げの投手がプレートの一塁側から直球を急角度で内角に投げることでホームプレートと交叉させる投げ方。故に、十字砲火クロスファイヤーという名が付いた。


 祖母のバットは空を斬り、既に球は中心にポケットが付いたノック用のネットに吸い込まれていた。ストライク。


「来たか」


 多分に若々しい有翼の美魔女がオレの方を向いた。


「オリヴィエから話は聞いている。貴様がフレーヌだな」


 凛とした立ち居振る舞い。簡素なパンツルックにブーツの若々しい美魔女がオレに向かってグラブを突き出してくる。


「あ、はい。フレーヌ――」

「いい。さっさと打席に入れ」


 挨拶しようと居住まいを正した矢先、打席に指名された。せっかちな性格なのか?

 切れ長の鋭い瞳に気圧されながら、大太刀をピティエに預けたオレは祖母の立つ打席に駆け寄った。


 白いブラウスに灰色のロングスカートを穿く祖母はオレよりも背が高く、一七〇センチ超え。ピティエよりも少しある。


「おかえりなさい。それじゃ、がんばってね♪」


 ただいま戻りました。会釈し挨拶あいさつもそこそこに、オレは打席に立つ。

 気迫をみなぎらせる相手に対し、オレも体内で気迫を錬り上げ対峙する。

 大きく振り被り、しっかりと溜めの利いた動作。テイクバックの瞬間、度肝を抜かれたオレは瞠目どうもくした。


(なっ――――)


 一瞬、上体が止まって見えた。驚愕して一瞬だけ思考停止。リリース直前にタイミングを取り直した時にはもう遅い。すでに球は手を離れ、音を立てて空中を直進。コースは先程と同じ。ベースを両断し俺の胸元を激しく抉った。

 苦し紛れのスイングが球に触れ得る筈もなく、ストライク。


(ばあちゃんが、振り遅れるワケだぜ……)


 戦慄に冷や汗が背筋を伝う。

 これはタイミングが取り辛い。下手な二段モーションよりも、はるかに。

 続く二球目も同じ速球で同じ軌道。バットは空振り、オレは片膝を着いた。

 タイミングが取り辛いのもそうだが、何よりその迫力。


 まるで突進して来るかのような重厚な圧迫感。マウンド上での威容が見上げるほど大きく感じられ、打席までの間隔がいつもより近い。

 加えて、長身の長い手足から繰り出される、角度の付いた球筋。十字砲火の綽名は伊達じゃない。


(やっぱすげぇなあっ クロスファイヤーは!)


 歓喜したオレは武者震むしゃぶるいした。

 続く三球目。フィルムを焼き増したのかと疑う程、寸分の狂いなく同じ軌道で球が通過していった。バットを振り抜くも、ヘッドを上擦るだけでファールにすらならなかった。


「だぁーー、クソッ」

(いや、でも面白ぇ……っ)


 三球勝負はオレの負け。ヘッドを地面に着け、オレは空を仰いだ。敗北したのにどこか清々しい。


「ふむ。少しは見所がありそうだな。もう一打席、勝負するか?」

「えっ いいんですか⁉」


 もう一打席ある。そのことにオレは頬を上気させ歓喜した。


「あ、じゃあ――」


 オレはバットを右手一本で担ぎ、左打席へと移った。


「ほう……?」


 両脚で沈み込んでからグリップエンドに右小指をかけると、左手は指を立てて添えるだけ。

 名付けて、居合いあい打法。バットを刀に見立て、蒼月流抜刀術を応用した構え。


「成程な。それが貴様の本気という訳か」


 老齢の有翼人セイレーンは嬉々としてオレのことを観察していた。

 オレはこうでもしないと、外角高めの直球や、外角をかすめて逃げていく変化球に手も足も出ない。物理的に。

 だからこそ、左打席から右手一本でバットを振るう今のスタイルになった。


「その実力、見極めさせてもらおうかっ!」

(来い――――!)


 オレは一際気迫を練り上げて勝負に挑む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る