第7話ホームスチール

 オレは再びしゃがんでミットを構える。その際、相手を観察した。まず注目すべきは、打席でのスタンス。右打席で僅かに左足が先行している。これは外角狙い。


(ああ、そうだ。全力で腕振ってくれ)


 打者は少し腰が引けてフォームが崩れてる。演技ではない、元からそんなガラの打者ではない。

 これまで五回も打席に立たせ気持ちよく打たせたのは、そういった事を観察するため。


 続く二球目も直球。外角の球に対し振りに行ったバットは先端を掠め、打ち上がった打球は逸れてファールグラウンドから観客席の方へと吸い込まれた。


(さあ。これで相手は大いに迷うだろ)


 これまで、試合全体の配球は外角への変化球が中心。一打同点のピンチでストレート中心の組み立てへとシフトチェンジすれば、混乱しない方がおかしい。


「バッター集中! 良い球来てます。自信もっていきましょう! バッター勝負!」

「ワンナウト、バッター勝負!」


 声の主はブリアック。ここへ来て、ようやく肝が据わったようだ。


「おお! ワンナウト、ワンナウトー!」

「はい、いつでもゲッツーいけるよ!」


 野手の仲間たちも投手に声を掛ける。

 そんな中、三球目を選択する前に相手がタイムを取って打撃フォームの確認。数回の素振りでしっかり腰の入った姿勢に戻っていた。


(良い打者なんだよな)


 スタンスは両足の爪先が揃っている。打線の中軸なのは伊達じゃない。

 三球目も直球、内角寄りの真ん中高め。ストライクゾーンぎりぎりの高さに投げ込ませる事で、相手に手を出してもらうのが狙い。何しろ、外野フライで確実に一点が取れる。


 案の定、相手は果敢に振りに来た。だが、球はゾーンの中。加えてコースも少し甘い。これで分からなくなった。


(どうだ…………っ⁉)


 そして、木製バットが打撃音を発する。

 高々と白球は薄曇りの空へと舞い上がった。


必定捕殺インフィールドフライ!」

(よしッ!!)


 心の中でガッツポーズ。

 ものすごく簡単に説明するとこの状況、野球のルールが守備側にとって極めて有利に働く。


 一塁に走者が既に居る状態で内野フライが上がると、守備側は併殺し放題。

 そこで、『取らなくても一つアウトですからねー、併殺できませんからねー』とすることで両者痛み分け。ルールの公平性を担保する狙いがあった。


 オレは勢いが削がれて内野に堕ちて来たフライをキャッチ。試合終了まであと一人だ。タイミングが合っていなかったのだから当然だ。そのために配球はわざわざ直球を極端に減らして慣れさせず、スライダーを軸にツーシームやカーブといった緩い球を低めに集めて打たせていたのだ。計画通り。


「はい、ツーアウトツーアウト! 守備は前進のまま。スクイズ警戒! バッター勝負!」

「ツーアウトツーアウト! バッター勝負ー!」


 声を張り上げるブリアック。直前まで意気消沈して縮こまっていた彼とはもはや別人。

 ハグの効果は覿面てきめんだった。ピティエ程ではないがこの身体、それなりに胸囲がある。女の美貌は武器という言葉の説得力を、オレはひしひしと実感していた。


 続く打者は五番。先の四番よりも筋骨隆々な有角人アントルの男性、力任せのパワーヒッター。おまけに左打者。ただ、打者として比べると先程より格が落ちる。

 三球で討ち取ったブリアックも自信が付いたことだろう。なら、容易く打ち取れる。


 一球目は先程と同じ入り。直球は内角高め。四番との三球勝負を彼の頭に刷り込む。

 しっかりと頷いて投球開始。放たれた直球は注文通り。相手は四番よりも大きく仰け反って球を避けた。どうやら、勝負度胸もなさそうだ。


 高めの直球を注文したのは、盗塁を警戒してのこと。投手にはバッターに集中させ、自分はグラウンド全体の俯瞰。両方やらなくちゃならないのが、捕手の辛い所だ。


(ま、それがおもしれーから、キャッチなんてやってんだけどな)


 智謀をもって守備陣を指揮する扇の要。それが捕手。試合の支配者って感じでカッコいい!

 だからこそ、オレはこのポジションを続けている。


 相手は左足を下げて身体を開いて打席に立つので、続く二球目は外角低めに落ちるチェンジアップ。投手は首を振ることなく投球に入った。一塁も走者も盗塁はない。

 だが、ここでホームに走る人間が一人居た。


(えっ――――⁉)


 本塁盗塁ホームスチール。投球動作に入るタイミングを盗まれ、球がリリースされる直前に三塁走者が身を低くして全力疾走。最後の砦を落としに掛かった。


(マズい――――!)


 ブリアックが驚愕しているのがよく見えた。制球が乱れるのは放られる前から分かる。予想通り、球は逸れてストライクゾーンを大きく外す。オレはすぐさま立ち上がり、捕球に駆け出した。


 走者が思った以上に速い。このままだと走者と球が交錯する。

 相手もそれを懸念したようで、少し早めのヘッドスライディング。スマートな獣人の少女が地面を滑空。


(間に合え……っ)


 ただ捕球してはタッチアウトは無理。走者と交錯する形で飛び込みキャッチ、そのまま空中で宙返り。相手の上から臀部目掛けてミットを叩き付ける。地面に落下する直前で回転受け身。球はミットから零さない。


(際どいか――――⁉)


 すぐに捕球したミットを高々と揚げてアウトアピール。審判の裁定を凝視する。

 そして結果は――


「アウトーーーー!」

「っしゃああああああああああああっ!!」


 オレは思わず跳び上がって歓喜した。


「やったあああああああああああああああ!」

「うおぅっ!」


 不意に横から抱き付かれ、思わずバランスを崩した。腕を回す高さから、鉱人ドワーフであることが分かった。


「勝った、勝ったよぉ……っ」


 グラウンドに身を投げ出しながら感極まって涙ぐむブリアック。余程嬉しかったようだ。

 それもその筈。彼はこれまで、一度も自分が投げて勝ったことはなかった。


 だが、それはひとえにリードや配球に問題があったと言える。

 鉱人ドワーフは身長の割に屈強で手先も器用。だからこそ彼は、短期間で数種の変化球を投げ分けることができた。加えて低身長というのは、裏を返せば球を低めに集めやすい。


「ナイスピッチング。素晴らしい勝負度胸でした♪」


 試合終了を告げる鐘が鳴り響く中、彼の奮闘を称えて破顔する。それを見たブリアックは目を見開いて頬を紅潮させた。

 やがて、何かを決意したような顔を浮かべる。満を持して口を開くと、


「好き――」

「よっしゃ勝ったぞ! よくやった、二人とも!」

「いぇ~い、初勝利~♪」

「これで勝利の美酒が飲めるな!」

(ぐえぇ……苦しい……)


 チームメイトがブリアックに便乗してし掛かって来る。このままだと潰され圧死するかもしれない。


「お見事でした。さすがはお嬢様ですね♪」


 上から差した影が賞賛を送ってくれた。ピティエだ。


「おう、ありがとな♪」


 積み上がる男たちの下から何とか顔を出して笑顔を見せた。濃紺のブラウスに膝丈の真っ青なスカート。裾から覗くのはダークブラウンのタイツで落ち着いた雰囲気。

 今日は二人でこのチームの助っ人として参戦していた。

 やがてオレたちは整列。互いの健闘を称え合う握手を相手チームと交わし、解散となった。


 〇                        〇


 冒険者たちが集う酒場。チームの祝勝会に呼ばれたオレとピティエはジュースを片手に乾杯の合図を待つ。


「えー、それでは。我がトライホーンズの初勝利を祝って、乾杯!」


『カンパーイ♪』


 共に戦い抜いたチームメイトとジョッキをかち合わせ、一気にあおる。


「っぷはーっ! やっぱ昼間っから飲む酒は最高だな♪」


 勝利の美酒を堪能する感嘆に「確かに」「言えてる」と、方々から賛同の声が上がった。


「いやー、しっかし。ホントに強いな嬢ちゃんたち」


 乾杯の音頭おんどを取った獣人男性、ダヴィドは俺たち二人に賛辞を送ってくれた。 


「ありがとうございます。そう言って頂けて、とても光栄です」

「ええ。本当に」


 相好そうごうを崩して軽くお辞儀。相手はすねきずのある冒険者だろうが、礼節を欠くことはしない。

 お互い武器を所持している以上、めた態度を取ればどうなるか知れたものではないから。


「うん、本当に凄いよっ 特に、新たな変化球とか!」

「そうなのか?」


 ブリアックがジョッキ片手に身を乗り出し、興奮気味に話す。何の話か分からないダヴィドは頭に疑問を浮かべた。


「ああ、サークルチェンジの事ですね。私もお嬢様から習ったんですよ♪」

「へぇー、そうなんだ」


 ピティエの言葉に興味を示すブリアック。投手同士、話が合うのかもしれない。

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