第6話草野球

 山狩りの翌日。春の陽光が照らす空の下。組合ギルドがある街、ベニュレへと引き揚げるオレたち冒険者を見送ろうと、村の人々が大勢詰めかけていた。

 これ程の歓待ぶりは山狩りに来た当初とは大違い。余程梟熊オウルベア胆嚢たんのうで潤うのが嬉しいのか。


 下衆の勘繰り、とは分かっていてもそちらに意識が向いてしまうので素直に喜べない。

 そんな折、少女たちがオレやピティエの元へと駆け寄った。


「おねえちゃんたち、またね」

「楽しかったぜ♪」

「またね~」


 ハグしたり、握手を交わして別れの挨拶あいさつを済ませる。

 ふと、気になった視線の方へ目を向けると、頭の後ろで手を組んでふてぶてしい態度の少年。不貞腐ふてくされているのが見て取れた。

 それはそうだろう。禁忌とされる森の中へ一人で入ったのだ。魔物に殺されてもおかしくなかった場所に、わざわざ一人で入ったのだ。怒られもする。


「よう、悪ガキ。どうしたよ?」


 相手は生意気盛りだ。元気出せ、と言って素直に聞く年頃でもないだろう。

 ならば、少し挑発するようにオレは悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべた。腰に手を当て、うつむく少年の顔を覗き込む。


「うるせ――――った!」


 隣にいた母親に拳骨を喰らって顔を上げた。それから公衆の面前でたしなめられて立つ瀬がない。

 ゴメン。オレは心の中で謝罪した。


「……りがと」

「? なんだって?」

「チョーシのんな、ブス!」

「なにおぅ?」


 やっぱ可愛くねぇ。顔をしかめたオレは、ギリギリの所でピティエを制する。手を出しかねない剣呑な雰囲気を醸し出していた。

 本当にゴメン、オレは内心謝った。


 村長が咳払いすると、最後にありがたい謝辞を頂戴ちょうだいし、オレたちは帰途に就いた。

 村に背を向け歩いていると、後ろから足音が聞こえる。少年のだ。


「なあっ 今度はオレに、野球を教えてくれよ!」


 張り上げた声に思わず振り返る。その顔は切実で、眼は本気だった。

 そんな態度を見せられたら、不敵に微笑まざるを得ない。


「ああ。考えとくよ!」

「ぜったいだかんなっ わすれんなよ⁉」

「おう、わかったよ!」


 それは、再会を期した誓い。交わした約束に、オレの胸が熱くなる。

 勇者パルフェも、こんな気持ちだったのだろうか?

 そんなことが頭を過ぎる。

 オレたちはどちらともなく踵を返し、振り返ることなく歩き続けた。


「よかったですね♪」

「ああ」


 微笑みを向けて来るピティエにオレは首肯しゅこうを返した。

 互いに再会を期待し、それまでの土産話を持ち寄る。やっぱり、旅はこうでなくちゃ。

 満ち足りた顔でオレは村を後にした。

 必ず再び来ると、心に誓って。


 〇                               〇


 白雲が空を覆う薄曇り。

 山狩りの帰還から三日後。ベニュレの市街地、その真ん中にある石造りの市民球場にオレは居た。


 防寒の旅装をお気に入りの私服に着替え、マウンド上の投手の下へと駆け寄る。

 ミニ丈の黒いフリルスカートに同色のオーバーニーでカバーした両脚で裾を揺らしながら。


 今、マウンド上には内野陣が全員集合。いずれも年齢はオレよりも五歳は年上。

 現在、九回裏で攻撃しているのは相手側。五対三でこちらが優勢。一死一、三塁。

 投手が打者を一人取った辺りで終わりを意識し始めたらしく、制球が乱れて二番打者に進塁打を、三番から痛打を浴びた。


 ピティエと違い、元々球速のある投手ではない。右投げのスリークォーターで直球の最速はせいぜい120km/h台。変化球と制球の良さを武器に凡打ぼんだを量産するタイプ。

 だが、その制球が乱れれば形無しだ。


 そして一打同点、最悪逆転もあり得る場面で迎える打者はチームの四番。

 ハッキリ言ってピンチだ。

 だからタイムを取って試合に間を取った。

 この場合、捕手にできることは少ない。投手に何と声を掛けるべきか思案していると、


「あと一人だ。楽に行こうぜ」

「打たせてこ打たせてこ」


 などと不安な気持ちを緩和させようと仲間たちは声を掛け、背中を叩いて発破をかける。悪気がない分、余計にたちが悪い。

 投手の名はブリアック、鉱人ドワーフの男性。チームの中では最年少。


 この試合は冒険者同士の草野球。オレを含め、金銭的余裕がない現状でユニフォームなんて夢のまた夢。加えて、業界は純粋な実力主義の世界なので野球チームも男女混合。たまたま彼が投手をやっていた。


 屈強で頑固なイメージがある鉱人ドワーフに反して気弱な彼は、満場一致で投手に選出された。

 そんな人間に「打たせて取れ」などと提案しても、重圧になるだけ。

 事実、さっきから肩や背中を叩かれる度に萎縮している。これは不味い。


 だからこそ、慎重に言葉を選ぼうとしていた。しかし、妙案はすぐには浮かばない。

 オレは手始めにまず、深呼吸する事にした。


「スゥ――――、はあ~~~~っ」


 マウンドのみんなにも分かるよう、仰々しく。全員が注目したタイミングでオレは苦笑を浮かべて話を切り出す。


「いやぁ~、あと二人で勝てるってなると、緊張しますよね。ホント……」


 緊張している相手に自分もしていると伝えることで、相手の緊張を緩和させようと試みる。

 そうする事で、彼も少しは人心地着けた様子。まあ、オレのはただの演技だけと。

 オレが弱音を吐くと、内野手の仲間たちが口々に励ましてくれる。女だと、こういう気遣いをしてもらえるから役得だ。彼らも、悪い人たちではない。


「それじゃ、あと二人。きっちり締めて、勝利の美酒と洒落込みますか♪」

「お、いいね♪」

「賛成ー」


 オレの軽口を受け、口々に囃し立ててくれるのはありがたい。おかげでブリアックの緊張もほぐれた。

 内野陣が散っていく中、オレは再び投手に声を掛ける。


「球数放ってないから、球威は問題ないっすよ」

「うん……」


 これまで徹底的に遊び球を廃し、早いカウントで凡打の山を築いて試合を作って来たので、余力があるのは見て取れた。

 そして相手の不意を突き、ブリアックに抱き付いた。胸当てや鎧は勿論、下着も簡素な物しか買えないので、胸の柔らかいものを押し当てる形になる。


 相手が小柄な鉱人だと丁度、顔の辺りに。

 大胆な胸元のギャザーとふんわりとしたパフスリーブが可愛らしい茶色のブラウスに彼の顔が埋没した。


「大丈夫。自信持って投げてくれればいいから」


 耳元で優しく語り掛けた後、そっと抱擁を解く。それからオレは喜々として拳を突き出し、


「勝とうぜ♪」

「――、うん!」


 頬を紅潮させる彼にコツン、と拳をかち合わせた。


(やっぱ単純だな、男って……)


 胸を押し当てただけでほだされるとは。

 まあ、それは自分にも言えることなのだが。きびすを返してマウンドから降りると、オレは再びキャッチャーの定位置へと戻る。それから声を張り上げた。


「ワンナウトー! バックホーム警戒、スクイズあるよ。守備位置、全体的に前へ!」


 扇の要として野手に指示を飛ばす。まずは前進守備で相手にプレッシャーを掛ける。

 それからオレはしゃがんでミットを構えた。

 鎧や胸当ても無いんだから、当然兜やマスクの類もない。


(まあ、いらねーけど)


 だってオレ、絶対後逸しないし。

 主審の号令で試合が再開。オレは投手にサインを送って投げるべき球種とコースを提示する。その瞬間、彼の顔が強張るのが分かった。


 直球ストレートをインコース高め。相手は側頭部から双角を生やす屈強な有角人アントル。万が一死球デッドボールを食らわせようものなら、ただでは済まない。そんな雰囲気を醸し出している。ビビるブリアックの気持ちも分かる。

 けど、


(何のためにハグなんてサービスしたと思ってる)


 インハイのボール球を要求するのは、この試合では初めて。

 だが、ここは譲れない。


『相手に球、当てたくないから……』


 どこまでも気弱な彼の精神面を考慮こうりょし、今回は外角中心の配球で試合を作って来た。

 全ては今、自信を持ってこのコースに投げ込んでもらうため。


 ボールになる喉元に投げ込んで仰け反らせ、外角球への踏み込みを躊躇ためらうようになれば、圧倒的にこちらが有利になる。

 だからこそ、相手がいくら首を振ろうと、変えるつもりはなかった。


(さっき言ったろ? 制球も球威も問題ねぇって。大丈夫だ、自分を信じろ!)


 あくまでもキャッチャーミットを動かさない。目力で相手を励ます。

 漸く納得したのか、セットポジションから投球動作を起こす。

 そして放たれる一球目。


「ボール!」


 主審の判定はボール。だが、コースは狙い通り。死球が一瞬過ぎったのか、相手はその場で仰け反り蹈鞴たたらを踏む。


「よし、オッケーっ ナイスコントロール!」


 立ち上がって返球。その後で再び声を張った。打者からにらまれたが気にしない。


「バッター勝負! しっかり打ち取っていきましょう!」


 バシバシとミットを叩いて投手を鼓舞する。


「おお、打たせてこー」

「ピッチャー、楽に」

「バッチコーイ!」


 オレの指示に野手たちも応じて投手にエールを送ってくれた。良い雰囲気だ。

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