第4話森の中で

「ちょっと、ピティエさん? 子供相手にそうムキに――」

「お嬢様は黙っていてください!」

「はいっ すいません!」


 激昂げきこうする彼女の剣幕に押され、脊髄反射せきずいはんしゃで謝ってしまった。

 かくして、勝負が始まる。


「十球勝負です。バットを構えてください」


 ルールは簡単。ストレートを一回でもバットに掠らせれば打者の勝ち。十回ともバットに触れさせなければピティエの勝ち。


「コースは私が決めます。お嬢様の手は煩わせません」

「さいですか……」


 置いてけぼりのオレ。とりあえず、威勢のいい男の子の後ろで持参したキャッチャーミットを構えた。マスクやプロテクターはない。逸らさない自信がある。

 何しろ、前世では十年以上捕手で甲子園出場経験もあるから。その経験は魂が覚えている。


「行きます……っ」


 左に球をもってワインドアップ。大きく振りかぶって――――投げた!


「わっ」


 速球が高速回転しながら音を立ててミットに収まる。

 少年は、胸元を強襲する球の軌道にビビって尻もちを搗いた。まず一球。


「あぶねえな、ケガするだろっ⁉」

「しませんよ。コントロールには自信があります」


 それに――


「剣術を習っているなら、球筋を読んで当たらないことが分かっていた筈ですよ?」


 胸を反らし睥睨へいげいするピティエ。灰銀のショートボブを揺らしてきびすを返す様子から、ガチギレしているのが分かった。


「バカにしやがって……っ」


 二人のボルテージは更に上がっていく。

 続く二球目。外角低め。先程の内角高めが脳裏を掠めて腰が引け、手が出ない様子。


(全力で勝負を掛けに来ているな……)


『ちょっと、大人げなくないですか~……?』


 なんて。口から出かかった台詞を呑み込み、ピティエに返球した後でミットを構える。

 三球目はど真ん中。それから立て続けに三回同じ軌道で放るも、バットは未だ空を切り続ける。タイミングが合ってない。

 それもその筈。ピティエの投球動作には一つ、大きな特徴があった。


『テイクバックの瞬間、小指を上に向けてみ?』


 オレからの助言を素直に実行すると、彼女のスリークォータースローは球の出所が極端に見え難いフォームになった。

 小指を上向けることで自然と胸と肘が張り、腕が上体に隠れる。肩甲骨を互いに引き寄せ筋収縮を持続、背中に溜めを作ることで手が頭部後方に回り、リリース直前まで相手に球が見えない。


 軸足で沈み込み、ゆったりとした動作で始動。充分な溜めによって充分に加速された腕が最後の一瞬で振り抜かれる。

 緩急のある動作から、突如として球が出現する。それはまるで、捉え所のない煙のよう。

 故に、それはスモーキー投法と呼ばれた。


 放られた球に反応した時にはもう遅い。バットが振り抜かれるより先に、球がミットに収まる。

 加えて彼女は猿腕で、関節の可動域が広い。結果的にそれが球の難視認性を上げ、更なる加速を与えていた。こんな本格左腕、現実世界でも滅多にお目に掛れない。

 タイミングの合わないバットは、球が通過した場所を空振りする。これで九度目。


(しっかし、根性あんなぁ……)


 球に触れられないまでも、目をつむりながらも少年は、必死にバットを振るう。

 果敢に立ち向かう姿勢にオレは好感を抱いた。


「これで最後です」

「ぜってー打つ!」


 ピティエが突き出した球に向け、少年は決意の表情でバットの先端を突き出す。

 闘志をたぎらせる二人に対し、勝負の行方を見守る子供たちは声援を送る。盛り上がって来た。


 そして、運命の十球目。今日一番の速球がオレのミットに吸い込まれた。遅れて空を斬るバット。勝負あり。

 敗北を悟った少年は愕然とその場に膝を着いて肩を落とす。打ちひしがれる彼を見下ろしながらピティエが歩み寄った。


「さあ。非礼を詫びて、お嬢様に――」

「…………っ」

「あっ」


 駆け出して行っちゃった。

 なんか、悪い事しちゃったかな……?


 〇                           〇


 沈みゆく夕日。東の空には闇のとばりが居り始めていた。

 勝負の後。少女たちはキラキラと輝く瞳でピティエに教えを請うた。

 堂々とした立ち居振る舞いで豪速球を繰り出す、その姿にいたく感動した様子だった。


 英雄視されるのが満更でもないピティエは、気を良くして彼女たちにピッチングについて教えた。そんな彼女にオレも協力してやった。

 遅くなったので少女たちを自宅に送り届けていると、先程の少年たちと出くわした。


「あ……」


 誰かが呟く。お互いに気まずい。薄暗い中、沈黙が流れる。

 よく見ると、ピティエと勝負した少年の姿が見当たらない。尋ねてみると、彼らも探していたようだ。中々に慕われているらしい。仲が良いのは良い事だ。


「よし。じゃあオレたちも探すの手伝ってやるよ」

「ホント? ありがとう……」


 少年たちが安堵の表情を見せる。可愛い所もあるじゃねえか。オレは自然と笑みを浮かべた。

 少女たちの送迎をピティエに任せ、少年たちがまだ探していない場所を聴き出してそこに向かう。


 これ以降は暗いので、少年たちには大人たちに変わってもらうよう指示しておくのも忘れない。

 辺境の寒村といえど、家屋は魔物の襲撃に備えて石垣で囲っているし、駐在騎士が常に周辺を巡回している。だから魔物の襲撃に遭う心配はない、筈だ。


「さてと」


 村の外れにやって来たオレは手っ取り早く済ませるため、オレは意識を集中させ魔力を解放。それを体内で循環させ『闘気』を錬る。それによって感覚を鋭敏にして耳を澄ませた。

 どんな些細な音にも聞き耳を立て、少年の居場所を探る。


「…………居た」


 遠くで鼻をすする音がした。だがそれは、森の奥に分け入る必要があった。

 春の山狩りは当該地域の冒険者組合に周囲の村落が共同出資し、複数のパーティーで大々的に行われる。故に、一度に討ち取れる魔物の数も多い。その分だけ村の脅威が減る。


 それでも根絶やしにはできない。資金と時間は常に有限で、魔物の個体数も多い。

 だからこそ、大人たちは魔物のである森には入らないよう、子供たちに言い付ける。

 それでも、子供は好奇心には勝てない。


「しかたねぇなぁ、全く……」


 嘆息を漏らしながら、オレは森へと足を踏み入れる。ほどなくして少年が巨木の足元、地面に表出した根上がりの前で膝を抱えていた。

 この時、鋭敏になっている神経が微かな気流の乱れを感じた。


(ちょっと待て――)


 何か来る。前方からではない。とにかく少年を――


「あ――」


 こちらを向いた少年が目をく。オレの頭上に影が落ちるのと同時だった。

 意が発するより先に身体が動いた。闘気によって強化された身体能力で跳躍。

 襲い来る両足の爪を寸毫すんごうの差でかわした。高く舞い上がることで尻尾の棘付き鉄球の脅威からも逃れた。同じてつは踏まない。滑空攻撃パラグライダーを回避した。


 蒼月流抜刀――


「――――っ」


 空中に居るオレ目掛けて風撃ウィンドブロウほとばしる風から視界を左腕で庇う。死角ができた一瞬の隙を突いて敵が急襲。風撃ウィンドブロウを地面に叩き付けて飛翔。鋭いくちばしが真下から迫る。


(させるかよ――――!)


 オレは右腰にいた脇差を逆手抜刀。平突きの形で相手の眼球に突き立てた。

 すると梟熊オウルベアは頭を横に振る。眼下を貫通し脳髄に白刃が達するのを防いだ。そのせいで斜め下に大きく振られたオレは加速しながら落下する。追撃の風撃ウィンドブロウが軟着陸を妨害。地面に背中から叩き付けられた。


「がはぁっ!」


 闘気で身体を強化しているとはいえ、痛いものは痛い。肺から酸素を強制排出させられたオレは痛みに苛まれながら激しくき込む。

 立ち上がろうにも、身体が言う事を聞かない。

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