第3話蒼月の刃
それでも、ピティエにケガがなさそうでよかった。
この子はこの
突如、視界に影が落ちる。攻撃を予期したオレは力を振り絞り、ピティエを抱きかかえて地面に突っ込んだ。敵が爪で
「フゥ――――――」
汗だくになったオレは、なけなしの体力をかき集めてその場で片膝を立てる。
解放した魔力を
だが、全身に浸潤する毒が水を差した。
(あまり長くは
『
「お嬢様、どうか――」
「いいからやるぞ」
ピティエの言葉を
「はい……っ」
「
魔力を込めた杖の先に炎弾を形成、砲射。対する梟熊は自身の周囲に魔力を展開。
炎と風。二つが激突し大気が爆ぜる。粉塵が舞い、視界が覆われるのを腕で
相手が上空に移動するのを感知。ここしかない、
蒼月流抜刀術『
右手を引き旋回、空中で翻身。敵の側面に逃れると右手で逆手抜刀。
そこに止めの
「ハァッ ハッ……ッ……」
着地したオレは立ち上がることもできず、その場に倒れる。毒の回りが早い。意識が
「お嬢様っ!」
悲鳴交じりの声が遠くで響く。ピティエが助け起こした俺の口に解毒作用のある回復薬を飲ませる、口移しで。
「――――っ⁉」
俺の意識はすぐさま覚醒した。薬はすぐに効果を表し、燃え盛る激痛が鎮まっていくのが解る。毒による虚脱感も徐々に収まっていった。
「すみません。また、私のせいで……っ」
紺碧の双眸から滴る雫がオレの頬を濡らす。くしゃくしゃになった泣き顔が見たくなくて、指先で涙を
「その様子じゃ、ケガは無さそうだな……」
頼りない、弱々しい声しか出せない。
「はい……っ お嬢様の、お陰です……っ」
よかった。オレは安堵を漏らす。ただ、彼女の涙は止まりそうになかった。
程なくして、オレたちを呼ぶ仲間の声。
これでもう、心配ない。思わず意識を手放した。
〇 〇
森を出て村の外れに出たオレたちは、村人たちの歓待を受ける。
あの後。気絶したオレは、仲間の屈強な盾役に背負われて下山した。
途中で目が覚めたオレは身体の状態を確認。解毒薬がしっかり効いていたので自分の足で立っても問題なかった。
「本当に大丈夫ですか? なんなら、私が抱き上げましょうか? お姫様抱っこで!」
しきりに心配するピティエをなだめ、戦利品を片手に他の冒険者パーティーと共に村まで歩いた。
依頼されていた春の山狩り。その成果が上々だと教えると、大人たちは一様に安堵の表情を浮かべた。
そんな中、子供たちがオレやピティエの元に駆け寄って来る。
「なぁなぁ、フレーヌ。野球やろうぜ!」
「やきゅ~」
「おねえちゃん、やろ~?」
少女たちのスカートの裾を引っ張ってせがんでくる様子が微笑ましい。自然と目尻が下がり口元が綻ぶ。
「ゴメンね、お姉ちゃんたちは――」
「よしっ やろうぜ野球!」
『やった――――!』
魔族を率いて長い間世界に暗い闇を落とした魔王。
それを倒した勇者パルフェ。創世の女神の導きによって異世界から来た彼女は、元居た世界にある様々な知識をもたらした。それらの幾つかは魔王討伐に寄与したため、人々は未だに彼女のことを神聖視している。
そして魔王討伐後。彼女がこの世に広く普及させたのは、野球という文化。
『種族を問わず、男女の別間なく。野球よ、いつまでも自由であれ』
それを合言葉に勇者は共に魔王を打倒した仲間たちと世界各地に赴き、野球について一から教えて回った。
お陰でオレは今、村の子供たちと一緒に野球ができる。本当にありがたいことだ。
「おーし、いくぞー」
木製のバットを振り上げて
いわゆるノックだ。オレとピティエを除けば、十歳前後の女の子が四人。一チームにも満たない。
それでも、バットも球もここにある。それだけで十分だ。
一方で男子はというと、木の枝片手にチャンバラごっこ。この世界で野球は女子がするものという位置付けだった。
何故なら、野球を広めた勇者が女性だったから。ついでに言うと、彼女の仲間も女性が中心だった。
勇者が最初に作った野球チームは自身を入れて全員女子、相手チームも最初は女子。
普及させたのが女性ともなれば、自然とそうなる。
(まあ、オレも女性に転生したから関係ないけど)
健康な五体で野球ができるのは、本当に幸運な事だ。無邪気にバットが振れる喜びを、改めて嚙みしめる。
ノックもそこそこに、今度はキャッチボール。せっかくなので、みんなで円陣を組み二つの球で。その方がゲームとして面白い。
因みに軟球やゴムボールの類は無い。硬球だけ。加減を間違うと手を痛めてしまうので注意が必要だ。
「とりゃーっ」
「おねえちゃん、いくよー?」
「よっ はっ」
ほぼ同時に来た二つを片手でキャッチ。おお、と子供たちが歓声を上げる。元々捕手やってたんだ。これくらい、朝飯前だぜ。
こうなると集中砲火を浴びる人が出て来るので盛り上がる。オレの見立て通り、笑みを零す少女たちはキャッキャッとはしゃぎながらキャッチボールに熱中した。
そこへ、
「へっ 野球なんかやって、ダッセーの」
声の方に視線を向ければ、少女たちと同年代の男の子が数人、腕を組み踏ん反り返っていた。
「うるせえっ いいからあっちいってろよ!」
「そんな言い方、ないと思う」
付けられた難癖に少女たちは噛み付く。
「うるせーブス!」
「そこはおれらが、けんじゅつのけいこに使うんだ。女はどいてろよ」
「そうだ、どけどけ」
何だろう。子供同士のケンカって、大人として見てる分にはとても微笑ましい……。
とはいっても、双方から漂って来るのは険悪な雰囲気。ここは年長者として貫禄を見せねばなるまい。オレは一つ咳払いした。
「まあまあ君たち。ケンカはほどほどに――」
「うっせ! ひっこんでろ、ブス!」
「なっ――――」
ホント、口が悪いな。これはちょっと注意してやらねば――
「お嬢様は、ブスなんかじゃありません!」
「ピティエっ⁉」
怒りを露にする幼馴染。思わずたじろぐ。
「お嬢様に対する無礼は、この私が許しません。含むところがあるのならば、勝負で決着を付けましょう!」
「おもしれえ、やってやるよ!」
二人が互いに火花を散らす。
なに、この雰囲気……?
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