第3話蒼月の刃

 それでも、ピティエにケガがなさそうでよかった。

 この子はこの身体フレーヌの大切な友人。万が一のことがあったら面目が立たない。


 突如、視界に影が落ちる。攻撃を予期したオレは力を振り絞り、ピティエを抱きかかえて地面に突っ込んだ。敵が爪でえぐった地面が礫鑠れきしゃくとなって背中を叩いて来る。皮膚の下をい回る、痺れるような激痛に比べれば可愛いものだ。


「フゥ――――――」


 汗だくになったオレは、なけなしの体力をかき集めてその場で片膝を立てる。瞑目めいもくして集中、意識を心臓に向け魔力を解放。全身から噴き出した魔力の波動が周囲の大気と感応し、風が舞い上がる。魔力現象、『魔風』。梟熊オウルベアは警戒し、すぐには襲って来ない。


 解放した魔力を収斂しゅうれんし、体内で高速循環。生命力と結び付いて『闘気オーラ』を形成、肉体が沸き立ち、精神が高揚する。

だが、全身に浸潤する毒が水を差した。


(あまり長くはたないな……)


闘気オーラ』で一時的に身体能力や免疫力が向上しているとはいえ、攻撃も三合までが限度。それでもやるしかない。オレは腹をくくった。


「お嬢様、どうか――」

「いいからやるぞ」


 ピティエの言葉をさえぎり、オレは大太刀の鞘に手を掛ける。体内でり上げた闘気オーラを刀身に流し込んだ。


「はい……っ」


 にじんだ涙をぬぐうピティエ。どうやら覚悟は決まったようだ。敵を指差し、先程の炎弾を擲射てきしゃするよう指示。


炎弾カノン!」


 魔力を込めた杖の先に炎弾を形成、砲射。対する梟熊は自身の周囲に魔力を展開。

 風撃ウィンドブロウ。下から腕を振り上げ、魔力と感応させた風を投げ付けてきた。


 擬魔法デミキャスト。魔物が使う原始的な魔法。

 炎と風。二つが激突し大気が爆ぜる。粉塵が舞い、視界が覆われるのを腕でかばった。


 相手が上空に移動するのを感知。ここしかない、闘気オーラみなぎらせた身体で全力跳躍。空を仰げば、巨体が行く手をふさいでいた。人狼ワーウルフよりも鋭い鉤爪かぎづめを頭上に振り上げる。


 蒼月流抜刀術『逆月さかさづき』。腰を旋回して左逆手抜刀。相手の攻撃が来るよりも早く、斬撃を叩き込む。白刃は内臓まで深く牙を突き立て、致命傷を負わせた。


 右手を引き旋回、空中で翻身。敵の側面に逃れると右手で逆手抜刀。くずおれ落下する相手の後頭部に脇差を投擲スローイング。骨を貫通して串刺しになった。

 そこに止めの炎弾カノン。炎に包まれて地面と激突した梟熊オウルベアはすでに絶命していた。


「ハァッ ハッ……ッ……」


 着地したオレは立ち上がることもできず、その場に倒れる。毒の回りが早い。意識が朦朧もうろうとして来た。


「お嬢様っ!」


 悲鳴交じりの声が遠くで響く。ピティエが助け起こした俺の口に解毒作用のある回復薬を飲ませる、口移しで。


「――――っ⁉」


 俺の意識はすぐさま覚醒した。薬はすぐに効果を表し、燃え盛る激痛が鎮まっていくのが解る。毒による虚脱感も徐々に収まっていった。


「すみません。また、私のせいで……っ」


 紺碧の双眸から滴る雫がオレの頬を濡らす。くしゃくしゃになった泣き顔が見たくなくて、指先で涙をぬぐい笑顔を浮かべた。


「その様子じゃ、ケガは無さそうだな……」


 頼りない、弱々しい声しか出せない。


「はい……っ お嬢様の、お陰です……っ」


 よかった。オレは安堵を漏らす。ただ、彼女の涙は止まりそうになかった。

 程なくして、オレたちを呼ぶ仲間の声。

 これでもう、心配ない。思わず意識を手放した。


 〇                           〇


 森を出て村の外れに出たオレたちは、村人たちの歓待を受ける。

 あの後。気絶したオレは、仲間の屈強な盾役に背負われて下山した。

 途中で目が覚めたオレは身体の状態を確認。解毒薬がしっかり効いていたので自分の足で立っても問題なかった。


「本当に大丈夫ですか? なんなら、私が抱き上げましょうか? お姫様抱っこで!」


 しきりに心配するピティエをなだめ、戦利品を片手に他の冒険者パーティーと共に村まで歩いた。

 依頼されていた春の山狩り。その成果が上々だと教えると、大人たちは一様に安堵の表情を浮かべた。

 そんな中、子供たちがオレやピティエの元に駆け寄って来る。


「なぁなぁ、フレーヌ。野球やろうぜ!」

「やきゅ~」

「おねえちゃん、やろ~?」


 少女たちのスカートの裾を引っ張ってせがんでくる様子が微笑ましい。自然と目尻が下がり口元が綻ぶ。


「ゴメンね、お姉ちゃんたちは――」

「よしっ やろうぜ野球!」

『やった――――!』


 魔族を率いて長い間世界に暗い闇を落とした魔王。

 それを倒した勇者パルフェ。創世の女神の導きによって異世界から来た彼女は、元居た世界にある様々な知識をもたらした。それらの幾つかは魔王討伐に寄与したため、人々は未だに彼女のことを神聖視している。

 そして魔王討伐後。彼女がこの世に広く普及させたのは、野球という文化。


『種族を問わず、男女の別間なく。野球よ、いつまでも自由であれ』


 それを合言葉に勇者は共に魔王を打倒した仲間たちと世界各地に赴き、野球について一から教えて回った。

 お陰でオレは今、村の子供たちと一緒に野球ができる。本当にありがたいことだ。


「おーし、いくぞー」


 木製のバットを振り上げてボールを叩き付ける。地面を転がる球を子供たちが駆け寄り素手で捕球し、それをオレの足元に投げ返す。

 いわゆるノックだ。オレとピティエを除けば、十歳前後の女の子が四人。一チームにも満たない。


 それでも、バットも球もここにある。それだけで十分だ。

 一方で男子はというと、木の枝片手にチャンバラごっこ。この世界で野球は女子がするものという位置付けだった。

 何故なら、野球を広めた勇者が女性だったから。ついでに言うと、彼女の仲間も女性が中心だった。


 勇者が最初に作った野球チームは自身を入れて全員女子、相手チームも最初は女子。

 普及させたのが女性ともなれば、自然とそうなる。


(まあ、オレも女性に転生したから関係ないけど)


 健康な五体で野球ができるのは、本当に幸運な事だ。無邪気にバットが振れる喜びを、改めて嚙みしめる。

 ノックもそこそこに、今度はキャッチボール。せっかくなので、みんなで円陣を組み二つの球で。その方がゲームとして面白い。


 因みに軟球やゴムボールの類は無い。硬球だけ。加減を間違うと手を痛めてしまうので注意が必要だ。


「とりゃーっ」

「おねえちゃん、いくよー?」

「よっ はっ」


 ほぼ同時に来た二つを片手でキャッチ。おお、と子供たちが歓声を上げる。元々捕手やってたんだ。これくらい、朝飯前だぜ。

 こうなると集中砲火を浴びる人が出て来るので盛り上がる。オレの見立て通り、笑みを零す少女たちはキャッキャッとはしゃぎながらキャッチボールに熱中した。

 そこへ、


「へっ 野球なんかやって、ダッセーの」


 声の方に視線を向ければ、少女たちと同年代の男の子が数人、腕を組み踏ん反り返っていた。


「うるせえっ いいからあっちいってろよ!」

「そんな言い方、ないと思う」


 付けられた難癖に少女たちは噛み付く。


「うるせーブス!」

「そこはおれらが、けんじゅつのけいこに使うんだ。女はどいてろよ」

「そうだ、どけどけ」


 何だろう。子供同士のケンカって、大人として見てる分にはとても微笑ましい……。

 とはいっても、双方から漂って来るのは険悪な雰囲気。ここは年長者として貫禄を見せねばなるまい。オレは一つ咳払いした。


「まあまあ君たち。ケンカはほどほどに――」

「うっせ! ひっこんでろ、ブス!」

「なっ――――」


 ホント、口が悪いな。これはちょっと注意してやらねば――


「お嬢様は、ブスなんかじゃありません!」

「ピティエっ⁉」


 怒りを露にする幼馴染。思わずたじろぐ。


「お嬢様に対する無礼は、この私が許しません。含むところがあるのならば、勝負で決着を付けましょう!」

「おもしれえ、やってやるよ!」


 二人が互いに火花を散らす。

 なに、この雰囲気……?

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