第8話
「ツリアーヌ様! ここまでおわりましたわ!」
「完璧ですわ。さすがメルティーヌ様。では、次はこちらをお任せしてもよろしいかしら?」
「えぇ! もちろん、喜んで!」
書類の束を抱え込んで走っていくメルティーヌ様。いつの間にか忠犬……じゃなかったわ。わたくしに心を開いて慕ってくださるようになりました。
「ツリア。仕事にきりがついたら一緒にティータイムにしよう?」
「ヤリアント様。では、メルティーヌ様にもお声をかけてきますね」
「あ、」
ヤリアント様が何か言いかけたような気がしましたが、わたくしはティータイムのためにメルティーヌ様に声をおかけします。
「一区切りついたら、お茶にいたしましょう?」
「まぁ! ツリアーヌ様とご一緒に!? 嬉しいですわ!」
「えぇ! ヤリアント様もご一緒ですわよ」
「え……」
そろそろ、メルティーヌ様を国に帰しても問題ありません。今までのご自身の教育がいかに偏っていたかを知って、美しさを追い求めるだけでなく知識を習得しようとしていらっしゃいます。そのお姿は、賢王の娘としてふさわしいものですわ。
「ツリアーヌ様! わたくしの午前の業務については、いかがでしたか? もう少し難しい業務でもこなせると思いますわ!」
「ツリア。僕が君の業務をもう少し受け持つよ。ゆっくりしていて。そこの他国からの預かり物の面倒も僕がみておこう」
「あら? わたくしとツリアーヌ様の時間を奪うとおっしゃっていらっしゃるのですか?」
「君が先に僕とツリアの時間を盗んだんじゃないのか?」
「お二人とも何を喧嘩なさっているの? では、メルティーヌ様には、」
喧嘩なさるお二人の仲裁をしていると、ボレアース王国の“通信の鏡”が光りました。人払いを行います。
「あら? お父様から通信が来ていますわよ?」
「本当ですね。もしかしたら、早くメルティーヌ様を返せというお言葉かもしれませんね」
「あら? ツリアーヌ様を独り占めなんてさせないですわよ?」
「お二人とも! 緊急時に違いありませんから黙ってくださいませ! さぁ、通信を繋ぎますわ!」
「新ミリュー王国王妃と国王。メルティーヌが世話になっているな」
「ほらやっぱり帰国の案内だ」
「ち、違うに決まってますわ!」
お二人の喧嘩は放っておくことにします。
「ボレアース王国国王。メルティーヌ様は、そろそろ教育も終盤を迎えておりますわ。素晴らしい人財になりましたわ!」
「そうか……本当に世話になった。新ミリュー王国に共有したい事項があって、連絡した。我が国と貴国の隣国であるオヴェスト王国の動きがきな臭い。なにやら、貴国への侵攻を計画しているように見受けられる」
「まぁ……その情報は信憑性が高いものですの?」
我が国には、そのような情報が入ってきておりません。国を整えるのに必死で、まだオヴェスト王国へのスパイを送り込めていないという点もあるかと思いますが。
「……我が国の密偵からの情報だ。間違いないだろう。しかし、証拠はないから、信じるか信じないかは貴国次第だ」
「では、メルティーヌ様をもう少しお預かりさせていただきます。大切な姫君を我が国に預けていらっしゃるボレアース王国には、我が国を守る必要が出てきますものね?」
「……まったく、そなたは。わかった。貴国が戦火にさらされるようなことがあれば、我が国は援助すると誓おう。……メルティーヌ。その二人の近くにいれば問題はないだろうが、足を引っ張ることがないように」
「かしこまりました。お父様。わたくし、オヴェスト王国なんて蹴散らしてやりますわ!」
「お待ちになって、メルティーヌ様。あなたは人質。頼むことができても、後方支援ですわよ?」
「え? わたくし、戦いが大好きですのに……」
「ツリアーヌ嬢。メルティーヌは我が国の近衛よりも強い。いざという時は、投入すれば敵将の一人や二人は討ち取ることができるだろう」
「は?」
「え?」
こんなにも線が細くて絶世の美女という外見で、フォークすら持たないのではないかと思う儚げな美女がですの? 混乱しすぎて美女美女言い過ぎましたわ。
「ちなみに、メルティーヌが戦力だということは我が国の機密事項だ。知っている者は私と彼女の母、彼女の筆頭侍従のみだ。漏らすことのないように。漏らせば……わかっておるな?」
ものすごい情報を暴露されたようです。
こくこくと頷きながら、メルティーヌ様をしみじみと見つめてしまいます。
「わたくしも、鍛えたほうがいいのかしら……」
「まぁ! ツリアーヌ様! でしたらわたくしと朝四時半からトレーニングいたしましょう! 夜明け前の空の中、身体を動かし日が上るのを見る快感……。言葉にできない素晴らしい経験ですわよ。その後、プロテインたっぷりのお食事を摂ると身体中の筋肉が喜びますわ〜!」
「……わ、わたくし、さすがにそこまでは難しいですわ」
メルティーヌ様って本当にすごいお方なのね……。朝早く起きてそんな苦行をなさるなんて。わたくしには絶対無理だわ。尊敬しかできないわ。
王妃として、せめて護身術くらいは身につけようと決意いたしました。
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