第6話

「お初にお目にかかりますわ! わたくし、ボレアース王国第四王女、メルティーヌ・ボレアースですわ!」


 謁見の間に駆け込んでいらっしゃったのは絶世の美女でした。他国の謁見の間に駆け込むとは……。

 旧ミリュー王国の北に位置するボレアース王国の国王陛下は、賢王と言われるお方です。わたくしも不利な条件を飲ませられたこともあります。そのお方の娘様と聞いておりましたが、イメージと少し合わないと言っていいのでしょうか……。


「新ミリュー王国国王ヤリアント・フェイジョアと申します」


「わたくし、妻の」


「ヤリアント様! ずっとずっと、お会いしたかったですわ〜! お母様にお話を聞いて、思っていたの。ミリュー王国を我が国の属国にして、わたくしとヤリアント様が頂点に立てばいいのだ、と!!」


 メルティーヌ様の発言に、その場が凍りました。メルティーヌ様のお付きのお方は、慌てた様子でメルティーヌ様を諌めます。


「メルティーヌ様! 新ミリュー王国の国王陛下に一目お会いできたら満足するとおっしゃったではありませんか!」


「だって、ルア。わたくしこそ、国の頂点にふさわしい女性でしょう? お母様の美しさを引き継ぎ、お父様の賢さを引き継いだわたくしこそが!」


 おっしゃる通り、確かに大変お美しいです。でも、賢王の賢さを引き継いでいらっしゃるのかは甚だ疑問でございます。


「こちらが我が妻、ツリアーヌ・フェイジョアだ。私が婿入りしている」


 ヤリアント様は完全無視してわたくしを紹介してくださいました。絶対零度の微笑……初めて見ましたわ。これで笑顔でいられる人間は、きっと人間ではないでしょう。


「まぁ! ヤリアント様は強引に婿入りさせられていらっしゃるの!? かわいそう! かわいそうですわ! わたくし、嫁に来ますから早く離縁してください。ミリュー王家の血筋を引くヤリアント様には、わたくしのような隣国の姫が相応しいですわ!」


 時にハンカチを目元に当て、表情豊かに語り切ったメルティーヌ様。満面の笑みでヤリアント様を見ていらっしゃいます。あの絶対零度の微笑に満面の笑みを返せる根性……尊敬いたしますわ。


「あの、メルティーヌ様……」


 わたくしがメルティーヌ様にお声掛けします。メルティーヌ様にお伝えしなければならないことと、確認しなければならないことがございます。


「前ミリュー王国では、離婚は認められませんが……もちろんご存知でいらっしゃいますよね? ヤリアントに嫁入りしたいとおっしゃるくらいですもの。ミリューの風習や歴史については、既知だと思いますわ」


 婚約者であるわたくしを卒業パーティーで振った殿下でさえ、その風習を理解していらっしゃいました。ま、自国の文化なので、王族が知らないなんて考えられませんが。そもそも、卒業パーティーの一ヶ月後には結婚式を控えていたので、あの婚約破棄は文化以前の問題でしたが。


「な、そうなの!? ルア!」


 付き添っている侍従のお方にメルティーヌ様が質問なさいます。そのお方に一番信頼を置いていらっしゃるのね。


「メルティーヌ様。周知の事実でございます」


「じゃ、じゃあ、あなたを第二夫人として認めてあげるわ! それなら問題ないでしょう?」


「……申し訳ございませんが、我が国には異国の影響を受けなくとも存続できる力がございます。異国の血を入れることこそ、不要な争いを呼ぶので、ヤリアントが国王でいる限り、難しいかと……」


 国王を退いたとしても、不要な争いの元を入れたくはありませんよね。


「わたくし、ヤリアント様と結婚するためにここまで来てあげたのですよ!? ミリュー王国のくせに、ボレアースに逆らうなんて失礼ですわ!」


「メルティーヌ様。新ミリュー王国は、対等な地位を得ております。今の発言とここにメルティーヌ様がいらっしゃることを含めて、国王陛下に確認させていただきますね?」


「お父様に確認? ここからボレアースまで使者を出しても一週間はかかるわよ!? ……って、まさか」


「そのまさかでございます。賢王であられるボレアース王国国王陛下が、対等と認めた外交の相手に与える“通信の鏡”をいただいております」


 前ミリュー王国のときは、流石に格下の国に対しては与えられないから、わたくし個人へと贈ってくださいました。しかし、新ミリュー王国が発足してから、国として使う権利を与えてくださったのです。


「や、やめなさい! 無礼よ! わたくしは、ボレアースの姫君なのよ!」


「侍従の身ながら失礼致します。王妃陛下。お願いいたしますから、それだけは……メルティーヌ様にこれ以上の汚点がついてしまうと……」


「あなたはメルティーヌ様の筆頭の侍従とお見受けする。その身でありながら、主の暴挙を止めなかった。それだけでなく、他国である我が国に迷惑をかけた。その意味を理解しているのか」


 ヤリアント様がルアとよばれた侍従のお方に声をかけました。がっかりした様子を浮かべ、メルティーヌ様を押さえながら黙ってしまいました。


「ツリア。ボレアースとの“通信の鏡”を使った通信、お願いしてもいいかな?」


 先ほどメルティーヌ様に向けた顔とは違う、慈愛に溢れた表情をこちらに向けて、ヤリアント様が問いかけてくださいます。


「はい。ボレアース王国に確認いたしますわ!」





 わたくしが通信の鏡を持参して、皆様が映るように設置いたしました。顔面蒼白になっているメルティーヌ様とその従者のお方たち。何か理由をつけてバレないように抜け出していらしたのでしょう。




「“通信の鏡”を使うとは、火急の用か? ツリアーヌ嬢。……そこにいるのは、我が愚娘で間違いないか?」


 鏡に映ったメルティーヌ様のお姿を確認して、全てを悟った様子のボレアース王国国王陛下。表情が一瞬怒りに染まりましたが、すぐに落ち着かれました。さすが賢王でいらっしゃいます。



「メルティーヌ様の訪問を公式なものとして我が国では捉えております。そのため、発言も全て記録しております」


 きちんと前ぶれのあった姫君の訪問です。我が国にとっては、公式なものとして受け取るべきでしょう。もっとも、ボレアース王国の国王陛下の許可があったにしては、違和感を覚えることもありましたが……メルティーヌ様が他国とのやりとりの実践をなさっているのだと受け取り、ボレアース王国への確認を怠り、訪問を許してしまった我が国にも多少の責はあるでしょう。もちろん、最も責任があるのはメルティーヌ様とその行動を許した方々でございますが。


「メルティーヌ様の発言を貴国の意思とは思いたくございません。意向のすり合わせを行いましょう?」


「……すまない。貴国のご厚意に感謝する」


 ボレアース王国国王陛下は、そう言って鏡の向こうで頭を下げられました。




 わ、わたくしの寝起きのお話? な、な、な、なんのことでございますか? 別に完徹なんてしておりませんわ!

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