第5話

「王妃陛下!」


 ヤリアント様が“僕が国王になるから、君は王妃でいてくれ”とおっしゃってから、数ヶ月後。

 惰眠を貪り、読書を楽しむ生活……というまでではないのですが、王子の婚約者時代よりもはるかに人間らしい生活を手に入れました。そんなわたくしの元に厄介ごとが持ち込まれたにおいが漂います。



「なんでしょう? クルト」


 クルトはわたくしとヤリアント様に就く文官です。


「大変です! ボレアース王国から、姫君が訪問にきたいと申し出が!」


「なんですって!?」


 ボレアース王国から我が新ミリュー王国までの道のりを考えると、おそらく滞在を希望されるでしょう。となると、わたくしの最大の秘密がバレてしまいますわ……ヤリアント様に……。



「お嬢様! じゃなかったですわ、王妃陛下!」


「どういたしましょう!?」


 話を聞いたわたくしの専属メイドであるマリアが執務室に駆け込んできました。普段はそんな不作法はいたしませんが、緊急事態ですもの。仕方ありませんわ。


「王妃陛下。ボレアースの姫君がこちらに滞在なさると聞きましたが、いかがなさるおつもりですか!? 断ることはできないのですか? 離婚危機ですよ!」


「さすがに新興国である我が国が隣国である大国の友好の印としての訪問を断るなど……」


「せっかく捕まえた優良物件の婿ですよ!? 逃がすおつもりですか!?」


「何かいい方法はないかしら……」


 前王家のわたくしへの横暴を知っているマリア並びに使用人一同のヤリアント様への評価は大変高いものです。わたくしのあの姿を見られてしまったら……。


「ひとまず、今夜は体調不良を装ってでも、別室でお眠りください。夕食を16時には済ませましょう。18時にはお眠りください」


「む、無理よ!」


「できます。やるのです。王妃陛下!!!」







 わたくし……寝起きがものすごーく悪いのですわ。ヤリアント様が婿に来てから今までは、毎日夜遅くまで働いているし、朝食を食べると胃もたれするから食べない、と言う名目で、朝はだらだらと過ごさせていただいておりました。

 ヤリアント様は、いつもこうおっしゃってくださるのです。


「ツリアはゆっくり寝ていて。僕が先に起きてできる限り仕事を終わらせておくよ。本当は一日中だらだら過ごさせてあげたいんだけど……ごめん」


 お言葉に甘えて、朝はのんびり過ごさせていただいております。



 わたくしの寝起きの悪さは、メイドを数人辞めさせたほどですわ。ヤリアント様と結婚するまでは、できる限り眠らないように過ごしておりました。仕事が終わらなかったこともありますが。起こしてもらうときは、報酬を上乗せいたしましたわ。

 メイドたち曰く、“あんなにも怒鳴る令嬢を見るのは生まれて初めてだ”と。また、“下町のならず者の方が百倍優しい”と。

 寝ぼけているので無意識なのですわ。少しでも改善しようと努力していますが……。無理でしたわ。


 隣国ボレアースの姫君がいらしてる間、朝からの会議等の予定が詰まるでしょう。ボレアースの国柄として、朝食を大切にしているので、朝食をご一緒にする機会があるかもしれませんわ。

 詰みましたわ。国交云々よりも、ヤリアント様に失望されてしまう可能性が恐ろしいですわ……。あの姿も絶対見られたくないもの。




 ひとまず、マリアの作戦を実行して、目覚めが少しでも良くなるように努力いたしましょう。

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