とある夏の日、女友達と縁を切った。
ラムネバーは味がした。カチカチに固まっていたがきちんと味がした。食べ終えたばかりの、まだほんの少し甘みのついた木の棒を田舎のやんちゃ坊主のように咥えながら、セミの声を聞いていた。
去年の今頃は女友達とデートをしていた。一緒にプールに行き、帰りにかき氷を食べた。彼女はいちご味で、俺はレモン味だった。
「かき氷のシロップって実は全部同じ味なんだよ」と女友達が言った。色と匂いで脳が勘違いしているだけ、とか。俺は「ホントかよー」と呟きながら、公園を歩く人たちをベンチの上から観察していた。汗がぽとりと半ズボンに落下した。
一緒に夏祭りに行ったこともあった。浴衣姿の彼女が歩きにくそうな下駄を履いてきたもんだから、階段を降りるのも精一杯だった。人混みの中、手を繋いでゆっくりと駅の階段を降りた。「可愛いじゃん」と言うと「当たり前でしょ?」と叩かれた。
蒸し暑い夏だった。
浮き輪に乗っかりながらぷかぷかと浮いていると、子供の頭とぶつかって、女友達に「周りをちゃんと見てー」と怒られた。雲一つない快晴を見つめながら『この季節が永遠に続けば良いのに』なんて、柄にもないことを思った。
彼女の日傘は白かった。俺は日焼けしたいから、相合傘の中には入らなくて、Tシャツを捲り上げてタンクトップみたいにしていた。彼女は「南国の人みたい」と夏なのにかなりの厚着をしていて、白い肌を隠していた。うなじからは制汗剤の匂いがした。
夕暮れ時、二人で河川敷を歩いた。19時でもまだ周りは明るかった。その場に座り込んで、列車が橋の上を通ってゆくのを見た。無言だった。女友達のほうに目を向けると、彼女もこっちを見ていた。体操座りのまま、こっちを見ていた。合図したわけでもなく、お互いに顔を近づけて、キスをした。離れて、またキスをした。合計3回キスをした。初めてのキスだった。黙って俯いていると、足を蚊に噛まれていることに気づいた。女友達も蚊に噛まれまくっていた。「最悪〜」と言いながら立ち上がり、逃げるように河川敷を後にした。腕と足と首筋に腫れを作りながら、俺たちは帰路についた。
女友達のことが好きだった。彼女もまた俺のことを好きだった、と思う。でも、俺たちはお互いに離れ離れになってしまった。
シャツがベッタリとくっつき、エアコンのスイッチを入れる。冷房が強すぎたのか、フィルターを掃除していなかったからなのか、咳と鼻水が止まらなかった。
暑かった。あの頃からずーっと暑かった。
※ ※ ※
謎の気候変動により、日本から四季が消えた。乾季と雨季の二季だけになり、年中梅雨か蒸し暑い日の繰り返しだった。夏だった。春も秋も冬もなくなって、毎日が夏だった。
あの頃のような特別感はなくなり、夏祭りも海開きもプールもいつでもできる状態になってしまった。基本的に半袖半ズボンで過ごすので、雨の日くらいしか厚着しなくなった。エアコンを毎日つけているが、政府が対策を打ったため、電気代は安くなったが、それでも毎日蒸し暑くて仕方なかった。
こんな季節早く終わってくれ、あの頃とは真逆の考えが頭をよぎった。
暑さが鬱陶しい。いっそのこと裸で過ごしたい。水がぬるい。喉が渇く。セミが毎日鳴いている。植物が枯れ始めている。ニュースでやっていたが、ビーチリゾートが作られているそうだ。トロピカルフルーツの栽培も可能になってきたんだとか。どうでもいい。終わって欲しい。夏なんてもう要らない。
『夏と冬、どっちが好き?』
『んー、俺は夏かな。冬は外に出たくなくなるし』
『えー、冬のほうがいいじゃん。雪だるま作って、お鍋食べて、クリスマスパーティーをするの』
『夏だって、海に行けるし、花火見れるし、盆踊り行って、フェスで騒げるぞ』
『むむ……そう言われたらどっちにも良さがある』
『蒸し暑い日に冷たいプールに飛び込むの気持ちいいぞー。スカッとする。それでさ、帰りにかき氷を食べるんだよ。河川敷で夕暮れを見てさ、カラスの声を聴きながら夏の終わりを感じるんだ』
『夏派になろうかな……』
※ ※ ※
洗濯物がよく乾く。風が吹こうが、雨が降ろうが、台風が列島を襲おうが、またしばらくしたら、猛暑日に戻る。冬眠の概念がなくなり、動物も数を減らした。熱中症になる人が増加した。虫が多い。虫が多すぎる。
頭がクラクラする。昼寝しようと思ったが、眠れない。身体が気だるい。なんのやる気も起きない。
額が汗で滲んでいる。エアコンの風で腹を下すことも多い。喉が乾いた。冷たいものが欲しい。全然良くない。こんな季節、全然好きじゃない。
冷凍庫からラムネバーを取り出す。カチカチに固まってた氷の塊を乱暴に噛み砕く。味がした。きちんと味がした。ただ強く噛みすぎたせいか、気付かぬ内に歯茎からは血が出ていた。
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テーマ『真夏日』
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