俺は客寄せパンダか?

「なぁ如月」

「うん?」


 机の上に広げられた教科書をぼうっと眺めていると、背後から声を掛けられた。

 聞き覚えのある声だと思いつつ振り向くと、そこには入学から二ヶ月を経て見慣れつつあるクラスメイトの男子生徒が立っていた。


 そいつを見て、無意識に溜め息が漏れる。なんだか世渡りが上手そうな、顔はそこはかとなくイケメンで、髪を茶色に染めて軽薄そうな容姿の男子生徒だった。


 こんな見た目にも関わらず、こう見えて俺よりも頭が良いやつなのだ。

 天は二物も三物も与えすぎじゃないか? そんなの不公平じゃないかと神様に訴えたくなってしまう。



 茜に言われるがまま進学したこの私立高校は、世間ではかなり名の通った学校だ。

 特待生制度などを使用しない場合に掛かる学費が高額なことと、入試の足切りラインがかなり厳しいことでも有名で、特別推薦ではない、一般入試を突破して入学してくる生徒一人一人の質も高い。

 その結果というべきか、難関大学への進学率が高く、有名なスポーツ選手や芸能人、政治家なども多く排出している。


 ここに入学出来るよう、俺も散々茜に詰め込んで勉強させられたが、それでも合格ラインぎりぎりといったところだった。

 俺がここに入ることが出来たのは、この学校に顔が利くという茜の家の口添えで、半ば裏口入学のようなものだったんじゃないかと思っている(茜は何も言わないので真相は闇の中だ)。


 つまり何が言いたいかというと、この学校に入ってくる生徒は学力が高く、裕福な家庭の出である傾向が強い。


 今話しかけてきた茶髪の男子生徒――山田も例に漏れない。頭も顔も良く、裕福な家庭の生まれらしい。

 山田は爽やかな笑顔を浮かべ、座席に座って教科書と睨めっこをしていた俺の背後に立って、こちらを見下ろしてくる。


「今日みんなでカラオケに行くんだけど、お前も来ない?」

「……またカラオケ?」


 今月もう三回目だぞ?

 言葉に出ていない不満の感情。それを俺の表情から何となく読み取ったのか、山田は頭に手を当て、苦笑いを浮かべた。


「いや、言いたい事も分かるけどさ? ほら、先週はなんだかんだ楽しんでたじゃんか」

「だからって毎週行くことはないだろ? 俺は今日パス」


 手をひらひらと振って不参加だと伝えると、そいつは少し慌てた様子で俺の肩を揺すって、カラオケに参加するよう必死に訴えてくる。


「待て待て待て。なぁ頼むって! 如月が参加するならって、今日は同学年の――Aクラスの女子たちが来てくれるんだよ!」

「なんだそれ……」


 俺は客寄せパンダか? 見世物じゃねえぞ?


 不満を募らせる俺を見て、近くで様子を見ていた二人の男子生徒――山田の友人たちがぞろぞろと集まってきた。

 どいつもこいつも顔面偏差値が地味に高く、髪も染めっちゃったりしていてムカつく。しかし校則で禁止されてない以上、何か言うことは出来ない。


 こいつらは山田といつもつるんでいるメンバーなので、押され気味になった山田のフォローに来た感じなのだろう。そう思って見ていると、案の定山田たちは少しの作戦会議をした後、三人揃って交渉を始めてきた。


「なあ俺らからも頼む! 今日のカラオケ代奢るから!」

「ドリンクバーもセットで付けるからさ!」

「パフェも奢ってやる!」


 そこまでして俺を連れてカラオケに行きたいのか?

 ただ悪い提案ではない。毎週のカラオケで多少飽きてきたとはいえ、タダで飲み食いしに行けるならアリじゃないか?


「……」


 俺の顔色が変わったのを気づいたのか、山田たちは顔を見合わせて小さく頷いた。


「さっき来るって言ってたAクラスの女子たち、めっちゃレベル高いんだよ!」

「そうそう!」

「みんな超可愛いぞ!」

「よし行こう」


 そう言って速攻で教科書を畳み、さっさと学校を出る準備を始める。近くで「うぇーい!」とハイタッチをしている男たちを尻目に、バッグへ荷物を入れつつ、カラオケに来るという女子たちを想像する。


 山田たちは一見すると人生舐めてる系男子だが、結構いいとこの出であるのは間違いない。

 有名人との交友関係もあるようで、前にモデルとのツーショット写真を見せびらかしてきたこともある。そんな雑誌やテレビに出てくるような美男美女を実際に見て目が肥えている山田たちが「超可愛い」と言うのは珍しい。


 そんな可愛い子が俺の歌を聴きたいと言うのであれば、カラオケに行くのもやぶさかではない。



 帰り支度を整えた俺は、近くで待機している山田たちに話しかける。


「支度終わったから行けるぞー」

「おっ、やっとか」

「よし、じゃあ行きますか――」


「どこに行くの?」


 出ていこうとする俺たちを呼び止める声。それはすっかり聞き慣れた茜のものだ。


 声がした方向――教室入口に視線を向けると、「用事があるから少し離席する」と言って教室を出ていった茜が立っていた。


「き、木下さん……いたんだ」


 山田が怯んだ様子で言った。基本的に馴れ馴れしい態度の山田がここまで控えめな態度になるのは正直珍しい。普段は同じクラスでコミュ力高い者同士のため、なんだかんだ普通に話していたはずだ。


「うん。用事が終わったからね。それでテン君はどこ行くの?」

「え、俺!? い、いや、カラオケに行こうかな……って」


 茜の視線がじろりとこちらに向き、俺の身体が硬直する。まるで蛇に睨まれた蛙のようだった。


「勉強は? 復習は終わったの?」

「あぁー……うん。最低限は、とりあえずね」

「……ふーん。それで、昨日まではカラオケあまり乗り気じゃなかったのに、いきなりどうしたの?」

「イヤ……山田たちが奢ってくれるって言うから折角だし、な?」


 コクコクと山田たちが頷く。

 そんな様子を見ていた茜が小首を傾げたが、少ししてから再び「ふーん」と漏らし、「まいっか」とだけ言って、扉を塞ぐように立っていた彼女はその場から退いた。


「今日はカレーにする予定だから、カラオケで食べ過ぎないようにね」


 どうぞ~。と、扉横に立った彼女は出口に向かって手を突き出した。それを見て、少し遅れて山田たちは足を動かして出ていき、俺もそれに続く形で茜の横を通り過ぎる。


「あまり羽目を外さないようにね」

「……はい」


 この日のカラオケはドリンクバーだけになって、あんまり楽しめなかった。





 18時ごろに帰宅した俺を迎えたのは、制服から私服+エプロンに着替えた茜だった。いつも外では綺麗にまとめられたポニーテールだったが、家事をする時は髪の毛が邪魔にならないよ小さく纏めている。


「おかえり!」

「あぁうん。ただいま」


 カレーの香ばしい香りが鼻孔をくすぐり、空腹を刺激する。


 カラオケでは結局、「すまん」と謝られてパフェを奢ってもらえなかった。とはいえしょうがない。俺も茜に色々と融通してもらっている身なので、わざわざ茜を不機嫌にさせるようなことをする必要はない。


 当たり前のように夕食を用意している茜だが、一応・・隣に住んでいるということになっているが、寝泊りを含めた生活のほぼ全てを俺の部屋で行っている。

 2LDKの我が家は俺一人で扱いきれない。だから別に一部屋使われても問題はないが、同じ密室に家族ではない女の子がいることについては、嬉しいような恥ずかしいような気分だ。



 シャワーを浴び終えた俺がリビングに向かうと、そこでは既に夕食の準備は終えて、俺が来るのをソワソワと待つ茜が座っていた。テーブルには二皿分のカレーが並び、飲み物なども置かれている。


「もうお腹空いちゃって準備しちゃったよ?」

「うっ……ごめん」

「いいからいいから。早く食べよ?」


 食事が始まれば会話の数は一気に減る。リビングに設置された大型テレビは賑やかしの一環で点いているが、お互いテレビはあまり見ない。

 食べる合間に今日あったことや、勉強内容、カラオケでの出来事などを話す。


「それで、カラオケに来たAクラスの子は可愛かったの?」

「可愛かった!」


 茜に脛を小突かれた。

 尋ねられたから答えただけなのに理不尽だ。



 食事を終えてほどほどに、配信の準備でも始めるかと動きだそうする俺を呼び止めた。


「テンくん、これあげる」

「これって……Webカメラ?」

「配信で手元映すって話、割と前向きな様子だったから必要になるかなぁって」


 そう言って手渡されたのは比較的安価なwebカメラだった。パソコンに繋げばカメラとして機能し、言っている通り配信で手元を映すことができるだろう。


「わざわざ買ってきてくれのか?」

「カレーに使う食材調達のついでにね」

「まじか、ありがとう!」

「ふふっ……うん! あ、お金は返さなくていいから、代わりにいつもの・・・・してくれる?」


 茜は笑顔を浮かべると、その場に立って両手を大きく広げた。


 彼女が言っているいつもの・・・・というのは、俺が彼女から金銭的援助を受けたり、何か買ってもらった際、お金を返す代わりに、抱きしめて欲しい。というものだった。


 お金には困っていないという茜が、その代わりとして望んできたものなので、出来る限り彼女の願いには応えてやりたい。ただお互い年ごろの男女、しかもなんだか複雑な関係性ということも相まって、彼女を抱擁してハイ終わりというのはどうも不誠実なように思えてならない。


 両手を広げる茜の前に立つ。

 高校生となってすっかり身長を越した俺は、比較的高身長な茜と比べても一回りほど大きくなった。


 チートボディによるものか、さほど運動していないにも関わらず筋肉質な自身の腕を少し見てから、目の前に立つ茜を抱きしめた。


 抱き上げられて、「んっ」と声を漏らす茜を他所に、回復魔法の準備を始める。使用するのは三種の回復魔法。

 一つは疲労回復を促進する回復魔法。もう一つは体内に存在する軽微な不調を改善する回復魔法。そして最後の一つが多幸感を流し込むことで精神的不調を洗い流す回復魔法。


 これは俺が長年の研究の末に編み出した、健康的な一般人に使用しても問題無いラインを攻めた結果の回復魔法三種の同時使用だった。


 ただ抱擁するだけでは、茜の献身への対価に見合わない。そう考えた俺は、抱擁ついでに使用しても目立たず、メリットしかない回復魔法の使用を行うようにした。

 俺は茜に色々と助けてもらえて、茜は俺に心身の不調を取り除いて貰える。これでお互いウィンウィンだ。


「はっ、あっ……あぁ~……っ」


 熱っぽい声を出しているが、体調には一切問題ない。むしろ明日の朝には今日以上にもっと元気になるだろう。


 健康的な肉体に対する強力な回復魔法は時に悪影響を及ぼす。

 実際他人の肉体で試したわけではないが、そういった悪影響を及ぼす危険性を考えると、むやみやたらに強力な回復魔法を使用するのは控え、悪影響の少ない簡単な回復魔法の同時使用へとシフトチェンジしたのだ。


「ありがとう茜。俺ぜったいにチート疑惑晴らすから!」

「んっ……う、うん。がんばって……っ」

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