美声なだけ

 洗面台の前に立って鏡を見つめる。


 鏡像に映る自分自身の顔は見慣れたものだったが、視線は誘われるように、自然と己の眼球へと向けられた。


 俺の顔は不細工ではないが、妹や両親のように目を見張るような美形でもない。どちらかというと平均的で特徴のない、なんだかパッとしない部類の顔だ。家族に似ていないと言われたことも片手では数えられないほどあった。


 なぜ親譲りの美形にならなかったのかは不思議で仕方ないが、実のところあまり気にしていない。なぜなら、そんなパッとしない顔を補って余りあるほど、俺の瞳は、瞳だけは非常に美しい造形をしていたからである。


 鏡での目をまじまじと見るのは初めてだなと思いつつ、鏡に映った自分の瞳を観察してみる。瞳の中を渦巻いている虹彩は銀河のような輝きを放ち、中心にある瞳孔は、虹彩とは反対で底のない穴のように真っ黒だ。

 眼力が強いといえば良いのか、自然と引き寄せられるような抗いがたい魅力がもっているように感じる。


 この眼は多分、特別なものだ。



 思えば転生間際、色々と好き勝手に願い事をした覚えはあるが、その中に、運動神経が抜群になって、超人的な身体能力を持つようになる……なんて願いはしていなかった気がする。

 しかし今の自分には優れた身体能力や運動神経が備わっている。それは何故だろうと考えたとき、もしかすると別の願いを叶えるために必要だったのではないかと思った。


 例えば俺が当たり前のように使用している魔法。これを他人に使わせようとして使うことができるのか? 答えは否。魔法を扱うことはできない。


 過去の実験で、天音が魔法を使うことができるかを試したことがあったが、そのときに彼女は自らの力で魔法を操ることはできなかった。

 ただ、俺が自身で作った魔法を遠隔で発動させるという仕込みは機能したため、導線を用意してやれば、チートを持った生まれた俺では無くても、魔法やそれに準ずる力を使うこと自体はできることが分かった。


 つまり、この世界には魔法や呪い、未来予知といった奇跡――神通力は存在するが、それを扱うためには常人にはない何か・・が必要になるのではないかと思ったのだ。

 それを十全に行使するために身体能力が高くなった……のかもしれない。


 そうなると俺の持っている眼もそういった事情で何か特別なものなのではないかという考えになる。透視、未来予知、そして催眠。眼を通じて機能するチートを持っている俺には思い当たる節はいくつもある。関係ないとは思えなかった。


「となると――」


 声。何日か前に突如起きた変声期を経て変わった自分の声。これも何かチート能力を発揮するために必要だったものなのではないか?


 声……声、声。

 声に関するチートとして思い浮かぶのは――やはり言霊、それと魔法か。


 俺は普段しないが、声に出して魔法を詠唱すると、魔法本来の力を100%発揮することができる。声――というか言葉の持つ力、いわゆる言霊が魔法の力に影響を及ぼしているようなので、それを扱うための喉に変声期で変化したのかもしれない。


 うん。なんかそんな気がしてきた。


 だってそれ以外の要因って考えられないし……いや、待て。もう一つ要因がある。


「特に理由なく美声なだけという線もないか?」





 洗面所から出た直後、妹の天音と顔を合わせた。天音は俺の部屋から出てきたばかりなのか、フラフラと身体を揺らし、寝間着姿のまま廊下中央に立っていた。


「いた」


 一言。少し怒った様子でポツリと呟いて、俺のお腹に頭突きをかます。

 未来予知によって頭突きを受けることを知っていた俺は、あらかじめお腹に力を込め、向かってくる頭部を抱きかかえるような姿勢で頭突きを受け止めた。


 お腹に顔を埋めたまま、天音はくぐもった声で俺への文句を言った。


「……なんでベッドから出たの」

「いや、顔を洗いに……」

「まだ六時」


 そういって非難してくるのは今日が休日だからだ。

 休みの日なのだから、朝くらいはゆっくり過ごしたいと考えているのだろう。


 天音は昔から俺にべったりで、外に興味を示さない奴だった。

 そのせいか小学生となった今でさえ、自堕落と言うほどではないが、あまり外に出たがらない性格になってしまった。


 本当はもう少し外出させて外に慣れさせてやりたい。親もそう考えて遊園地やショッピングを誘うのだが、本人が外に行きたがらず拒否してしまうのでどうしようもない。


 俺が外に行くときは渋々付いてきてくれるので、辛うじて引きこもりという一線を越えてはいないのが救いだ。


「……今日もあの人と遊ぶの?」

「茜? まぁ、多分」


 その答えが気に入らなかったのか、天音は更に頭をお腹に押し付けてくる。どうやら怒らせてしまったようだ。


 どうやら妹と茜はあまり仲が良くないらしい。



 SSFを通じて茜と遊ぶようになってから、彼女はたまに俺の家を訪ねてくるようになった。


 大体の用事は俺の勉強を手伝うためだ。


 この世界の平均学力は高い。

 いくら俺が勉強嫌いで宿題をサボり気味、授業中寝ているとはいえ、小学生でやる程度のテストなんて問題ないと思っていた。


 しかし蓋を開けてみると、明らかに前世の小学生では学ばないようなところも当たり前のように勉強しているし、周りのクラスメイトはさほど苦もなく出来ているのだ。

 ちょっとした恐怖である。


 そして薄々気が付いていたのだが、俺――いや、俺を構成するこの身体、とりわけこの頭はあまり良くないらしい。決して俺が馬鹿なわけではない。本当なんだ。


 最高のポテンシャルがあったとして、それを引き出すことが出来なければ意味が無いのだ。


 ちなみに両親は共にかなりいい大学を出ていて頭も良く、天音も引きこもり気味ではあるが頭の出来は親譲りでかなり良いようだ。……俺の頭が悪いのは、神様からの嫌がらせという可能性、もしくは身体能力に全振りした弊害という可能性のどちらかだと睨んでいる。



 ともかく、習い事があるとか、別の友達付き合いもあるということで短い時間ではあるが、茜は家に勉強を教えに来てくれるのだ。


 そんな経緯で茜が家に来た際、妹の天音と会うこともあった。興味が無かったためその後の詳しい話は知らないが、二人は――というか、天音の方が一方的に茜を毛嫌いしているようで、俺がゲームで彼女と遊ぶと不機嫌になってしまう。


「天音、朝から不機嫌になるなよ」

「……ゲームより勉強すれば?」

「うっ……!?」


 早朝からかなり高い威力の精神的ボディブローを受けた俺は、思わずその場で呻きながらよろめく。

 勉強勉強と、なんでチート能力を持っていて悩まないといけないんだ?


 妹を抱えたまま、どうにか自室に戻った俺はベッドに天音を寝かせ、その隣に座り込む。


 勉強は嫌だ。楽に暮らしたい。働きたくない。

 多分こういった考えは生来のものではなく、前世から引き継がれたものだ。


 チートを使えば食うに困らないんだから真面目に勉強なんてしなくても良いのではないか、そう思うのも無理はないだろう。


「食うに困らない、仕事」


 そんなことを呟きながら、勉強机の前に置かれた椅子に腰掛ける。

 表面に少し付いた埃を指で拭って綺麗にしてから、パソコンの起動ボタンを押した。平日にパソコンを触ることが極端に減ったため、起動するのは約一週間ぶりだった。


「ねぇー寝ようよぉ、お兄ちゃん」

「おー寝とけ」


 ベッドに転がったまま、俺を呼んでくる妹をあしらう。寝るんだったら自分の部屋に戻れと言いたいことを飲み込み、意味もなくマウスのボタンをカチカチと連打する。


 何年か前、ホラー映画を見て眠れなくなった天音がベッドに潜り込んできて以来、毎日のように俺のベッドで寝るようになった。子ども同士とは言えシングルベッドに二人で寝るのは結構大変で、最近は互いに身体が大きくなってきたので、ベッドが更に窮屈になった。

 いくら可愛い妹とはいえ、そろそろ恥じらいとか、パーソナルスペースというものを覚えてほしいものだ。


 天音は大層不満だったようで、こちらを睨みつけた後、俺を見ないよう後頭部を向けて不貞寝をしてしまった。


 それを見届け、動き出したパソコンでSSFを始める。その傍ら、インターネット検索を使用し、チートを使えば簡単に食べていけそうな仕事を探してみることにする。


「医者――は駄目か」


 どんな傷を負った人間でも、おそらく治療することは出来る。とはいえ、どうやって治したのかを尋ねられたとき、治療方法についての回答なんて出来っこない。「回復魔法を使いました!」とでも言ってしまえば、俺が病院行きになってしまう。

 それに医師としての資格を取るのは、俺の頭では厳しいだろう。


 マッサージとかはどうだろう? 身体の不調を全て治せる凄腕のマッサージ師、そんな未来も悪くない。

 長続きするとは思えないが、スポーツ選手を目指すのもありかもしれない。


 そういえば昔、ゲーム配信者を目指していたこともあったか。それも悪くないだろう。

 なんだか真面目に勉強しなくても案外どうにかなる気がしてきた。それに、本当にどうしようもなくなっても俺には奥の手があるから何も問題はない。


 肩の力も抜けたし久々にゲームでもするか!

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