変声期じゃないの、それ
「……あ」
いつも歩く通学路、見知った背中を見つけて声を漏らした。
背中を丸めて面倒くさそうに歩く姿はお父さんみたいだ。彼がいるなら――と、キョロキョロと周囲を見渡すが、普段いる彼女の姿は見えない。珍しいなと思ったが、彼女は車で通学していると聞いたことがあるので、いつも朝はいないのかもしれない。
そういえば彼とちゃんと話したことは無かったな。そう思った私は、意を決して彼の背中を追いかけ、隣に並んだ。
一年前は同じくらいだったのに、気づけば身長も離されてしまった。男子って後から身長が一気に伸びるの、なんかズルいよね。
「おはよう、如月くん!」
元気よく声を掛けるが反応がない。聞こえない筈ないでしょって思って、思わず私は隣を歩く彼の顔を覗き込んだ。
「――……きれい」
とても綺麗な瞳だった。まじまじと彼のことを見るのは初めてだったが、なんて綺麗な瞳をしているんだろう。
茜ちゃんが幼稚園の頃から彼のことをとても大事にしているのを見て、私たちはみんな不思議で仕方がなかった。
如月くんと言えば、なんてことの無い顔で、なんだか間の抜けた子ってイメージだった。(指で鼻をほじらないだけ他の男子よりは若干マシ。)同じ男子でも隣のクラスの新堂くんの方が百倍はかっこいいのに。
茜ちゃんも彼の眼を見たのかな、だとしたら茜ちゃんが彼を贔屓する理由がちょっと分かる気がした。
宇宙みたいな、吸い込まれてしまいそうなほどに黒い瞳、その中にぼんやりと灯った光が私のことを捉える。
「……あ、ごめん、おはよう。……えっと、風見さん?」
「ぇ――?」
ようやく挨拶を返した。そんな思考も束の間、耳に飛び込んできた彼の声――いや音が、否応なく私の胸を震わせた。
綺麗な演奏を聴いたときみたいな驚き? 感動? そんな感情が胸の奥から滲み出すように湧き上がってきて、思わず胸を抑えてしまう。
なにこれ……彼の声ってこんな――こんな声だったっけ?
私が疑問を投げかけるよりも早く、彼は手で喉元を隠すように抑え、苦しそうな表情を浮かべてこちらに視線を向けた。
「……なんか声、変だよね」
……変声期じゃないの、それ。
◆
時間は更に進んで小学校四年生。光陰矢の如し、そんな覚えたばかりのことわざを体現するように、三年生という期間は凄まじい早さで過ぎていった。
三年生での思い出は……一切無い。
思い出すことと言えば平日や休日の殆どを、茜とのSSFに費やしたことだった。あれは本当に馬鹿な行為だったと反省をしている。
言い訳をすると、そもそもの元凶は俺ではなく茜だと思う。隙あらば毎日のようにSSFに俺を誘ってくるので、ついつい断れず遊んでしまうのだ。ソロだったら耐えられたのに……。
そんなこんなでゲーム漬けの日々を送って一年間を溶かした俺は、心を入れ替えてもう少し周囲に目を向けるべきだと反省し、四年生へと進級した。
相変わらず茜とは同じクラスで席も隣だ。ただそれについては慣れてきたし、さほど疑問には思わなくなった。
……いや、疑問に思わないというわけではない。あまり考えないようにしている、といった方が正しい。実害や不利益を被っているわけではないのだから、気にしてもしょうがないという思いが強かった。
そして四年生に上がって数ヶ月が過ぎたある日の早朝。
喉奥に感じる強烈な違和感によって、俺は普段よりも一時間ほど早く目を覚ました。
俺の二の腕にコアラみたいに抱きついて眠る妹を引き剥がして自室を出て、洗面台へと向かう。
洗面台で顔を洗って、軽く口をゆすぎ、うがいもする。
「ぁー、ぁー」
声が低くなって、掠れている。風邪――なわけはないか、そもそも毎日のように回復魔法を使っているんだから風邪になるはずもない。
とりあえず再び回復魔法を全身に使ってみる。
「……ふん!」
透明な癒やしの光が全身を駆け巡り、肉体を回復させていく。本来は回復魔法を使用すると黄緑色の光が出るが、普段は邪魔なのでオフにしているために透明なのだ。
「……あー……あー?」
喉のイガイガと掠れはどうにか収まったが、声が低いままなのは変わりない。
回復魔法で治すことが出来ないものは、先天的な肉体、精神の障害のみ。生まれながらにして存在しないものを回復させることは出来ない。ただそれらも肉体変化魔法や催眠魔法、魔法ではないが現実改変といったチートを用いれば強引に解決することは不可能ではない。
そうなると俺の喉がおかしいのは先天的なものか――これが正常であるか。おそらく後者だろう。四年生になって身体もずいぶんと成長したので、それに合わせて声が変わるのもあるかもしれない。
声が変わるといえば何だったか……聞いたことがあるような。
適切な言葉を思い出そうとするが出てこない。気になってパソコンで調べようとしたが、平日は使わないようにと言われたことが頭をよぎり思い留まる。
結局のところ、散々悩んだ末に登校途中に出会った同じクラスの女子に
変声期によって声が変わった俺は、登校してすぐにクラス内で注目を集めた。
声が変わったことを茶化されたわけではない、俺の声がどうにも変だと言うのだ。
ゾワゾワする。ザワザワする。良い声だけどなんか変。クラスメイトの男女関係なく会話をした全員がそう答えるので、言われた俺は不可解な反応に顔をしかめた。
俺は喉に手を当てて自席に座って声の原因や起きている事がなんなのかを考える。
すぐに思いつくのはチート由来という可能性。
俺は自分自身を用いてチートの実験をいくつも実施している。回復魔法や肉体変化魔法を何度も使って悪影響がないのか、そういったことも試している。
その実験によって声に変化が起きたとは考えられないだろうか?
もしくは身体能力チートの付属品という可能性はないか?
超人的な体力や反射神経、肉体は年齢が上がることに成長している。それに付随した形で声が変わったのか――。
隣にいる茜に尋ねてみる。
「茜。俺の声って……どう?」
どう?ってなんだ馬鹿か?
ただ感覚的な質問のため、こういう聞き方をするしかない。そんな俺の馬鹿みたいな質問に、茜は苦笑いを浮かべて答えてくれた。
「どう……って、んー。良い声だよ? なんだか聞き心地の良い声」
「ふ……ふーん」
良い声と言われれば悪い気はしない。
精神的に何か作用するというわけでは無さそうだし、本当にただ声がかっこよくなっただけという可能性も捨てきれない。それならこのままでも良いのか……?
授業開始まで悩んだ末に、ひとまずこのままにしておこうという結論に達した。別に声がかっこよくて困ることないからな!
「如月くん、ここ分かるかしら?」
「3ですか?」
「違います」
「如月くん、この問題は?」
「……5です」
「……そうですね、15になります」
「如月くん、こっちはどうですか?」
「……わからないです」
……なんだか今日は凄く授業で当てられるぞ?
うちのクラスの担任を務める内川先生。まだ二十代と若手にもかかわらずしっかりとした女性の教師で、しかも美人だ。
そんな先生は授業の大部分を担当しているが、今日はいつにも増して俺を問題回答者に指名してくる。普段の回答者は日付で決めたり、席の初め、もしくは最後から順番にだったり、当てた人の前後などで決まるのが普通なのだが、どうにも今日はその気配がない。
内川先生は頬に手を当て、困った様子で微笑む。
「……うーん。如月くん、放課後ちょっと残ってお話ね」
「えっ……はい」
あまり怖い印象がない先生だったが、呼び出されるとなると萎縮してしまう。俺は困って茜の方を見ると、小さな口を開き、声には出さないが口元をぱくぱくと動かしている。
『おばか いっしょに べんきょう しようね』
読唇術チートを使って正確に読み取り、知りたくなかった事実を知った。俺、もしかして馬鹿だと思われてる……のか?
いやそんなまさか。
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