本当のチートを見せてやるよ……!

「きりーつ、気をつけ、礼」

「ありがとうございましたー」


 ……ああ終わった終わった。


 完全に最後の授業は完全に寝ていた。意識は一切なかったが、一年二年と経てば意識せずとも普段通りの行動も反射的にできるようになるものである。


 寝ぼけ眼を擦りつつ、教室の後ろに並んでいるランドセルの群れから自分のものを引っこ抜き、流れるままに自席へと運ぶ。その最中、クラスの男子の何人かが俺に近寄り、声を掛けてくる。


「テン、放課後公園でサッカーやらん?」

「パス。眠い」

「テンくん、僕の家でゲームやらない? 大乱闘よ大乱闘」

「他にだれがいるの」

「きょ、今日は僕と君だけ……」

「パス」


 こいつパーティゲームを一対一でやろうとしてくる上、負け続けるとコントローラー投げてくるやつなんだ。お前とはタイマンで遊ばねえ。


 その他数人から遊びに誘われたりしたが、適当に理由を付けて断る。どうやら運動会で大活躍した辺りでクラス内のヒエラルキーが跳ね上がったらしく、何かにつけて遊びに誘われる人気者になった。


 みんなから求められるのは承認欲求的に嬉しいが、毎日誰かと遊ぶのは疲れるし、最近は買ってもらった玩具パソコンで遊ぶのに必死だった。


 彼らに誘われるようになったのは去年の運動会以降ではあるが、それとは別に俺が茜と幼馴染で、仲がとても良いという事実が拍車を掛けているのではないかと思っている。


 木下 茜。

 誰からも好かれる人気者だ。彼女がどうして人気者なのかについては幼稚園からの付き合いなため十分知っているが、総合的に見て彼女は非常に優れた人心掌握の術を持っている。


 だから誰も彼女が嫌がるようなことをしないし、彼女が嫌がるような人間を寄せ付けない。


 そんな彼女と仲が良いというだけで一目置かれるのは不思議なことではないし、彼女と仲良くなりたい人間が俺と仲良くするのも道理に思えた。



 そんな茜とは今年も同じクラス、そして席が隣だ。ランドセルを置いて横に視線を向ければ、ニコニコと笑みを浮かべた茜がこっちを見ている。


「今日は何する予定なの?」

「家でゲームだよ」

「え、テン君ってゲームも遊ぶんだ、意外!」


 去年までは外で遊んでばかりだったからそう思われるのも不思議ではない。しかし別に俺は運動するのが好きなわけではなく、ただチヤホヤされたいから遊んでいただけなのだ。

 そんな俺の胸中を知らない彼女は、俺がゲームを遊ぶということに興味を持ったようだ。小動物のような愛くるしい瞳が大きく開かれ、俺の目を覗き込んだ。


「私もゲームするよ! 牧場作るやつとか、動物が住む村で生活するやつとか……テンくんはどんなの遊ぶの?」

「SSF」

「S……えっ、え?」

「サドンストライクフォース」


「サドン……?」


 完全に思考が止まった茜を尻目にランドセルを背負って帰る。


 コミュニケーション能力の高い彼女との会話はどうにも長くなりやすい。今日みたいに面倒くさくなった時は、彼女が用意している会話デッキを全てひっくり返してやると話がスムーズに終わるのだ。


「なにあの態度! 茜ちゃんがせっかく話しかけてくれてるのに!」

「あいつ絶対B型だよね!」

「茜ちゃん大丈夫?」


 背後で茜の周りに集まる女子たちが口々に俺の文句を言い始める。性格で血液型を決めようとするな! 俺はAB型だぞ!


 彼女たちの罵りを努めて無視する。この程度で問題になるような仲ではない。茜とはそこそこ長い付き合いなので上手く纏めてくれることを期待し、俺は大人しく帰路についた。




 自宅に帰った俺が最初にすることは手洗いとうがいだ。母親がそういったことに厳しく、散々躾けられたため、家に帰ってすぐやるようになった。


 纏わりついてくる妹の天音をあしらいつつ手洗いとうがいを済ませ、自室に戻ってパソコンを起動する。帰ってきてすぐパソコンでゲームができるなんて天国のような環境だ。


 起動が完了するまでの間は妹のご機嫌取りだ。俺のベッドに転がって様子を窺っている妹に手招きすると、待っていたと言わんばかりに近寄ってきた。


 天音は対面となるよう俺の膝上に座り込み、腰に手を回してコアラのようにしがみつく。パソコンで何をやっているのか興味は無いようで、俺がゲームを遊んでいる間、妹は基本的に寝ている。


 来年には小学生ということもあるのか、おままごとのような一人遊びは殆どしない。お絵描き、読書、テレビなどは見たりするが、専ら最近は俺の部屋で何もせずぼうっとしているか、俺と会話するのがお気に入りのようだった。



 SSFサドンストライクフォースを起動する。


 ここ数日このゲームSSFを遊んだが、俺が予想していた以上に完成度の高い内容で感心させられた。


 ゲーム内容自体はよくある特殊部隊vsテロリストの銃撃戦モノだが、前世に存在していたいくつかのFPSゲームが上手いこと混ざり合い、面白いと呼べるレベルまで昇華している。


 課金要素もP2WPay to Win(課金で有利になる)というほどではなく、武器やキャラのスキンや諸々を購入するだけに留まり、ゲーム自体を左右するものではなかった。


 それに昔のオンラインゲームにありがちなチートによる荒らし行為も非常に少ない。これは前世以上にゲーム――というかIT技術が発展していることによるセキュリティの向上のおかげかもしれない。

 ゲームユーザーのリテラシーもさほど悪くなく、これも同じ理由によるものなんだろう。


 ともかく基本的に快適に過ごせるゲーム環境だったが、それ故に中々ゲームの止め時がわからないのが良くなかった。親に呼ばれるまで遊んでしまうことも増えつつあり、どうにか自制しないと――と焦ってしまうほど熱中してしまうのだ。



 ゲームのホーム画面には俺が作成したユーザーネームの【テンテン】という文字と、その下に20という数字が表示されている。これはアカウントレベルというもので、どれだけこのゲームを遊んでいるかを数字で表している。


 20レベルと言えば5,60試合以上遊ばなければ到達できない値だ。ゲームを初めてからまだ一週間も経っていないのに随分とレベルが上がってしまっている。


 メリハリ付けなきゃなと思いつつもゲームのマッチを回せば、一分経たずに試合がマッチングされ、すぐに試合がはじまる。


 ローディング画面を挟んだ後、試合開始前の準備フェーズが始まる。画面は一人称視点で武器を持ったキャラの腕が映り、左右に自分を除いた四人のキャラクターが出現する。それぞれのキャラは課金によって装飾された豪華なスキンを身に着け、ゴテゴテとした武器を好き勝手に振り回している。


 俺はそういったスキンを付けていない、いわゆる初期スキンだ。スキンに興味が無いと言えばウソになるが、なけなしのお小遣いから課金をする気は無いし、そこまでスキンに興味があるわけでもなかった。


 五対五のFPSゲームであるSSFにおいて、人気のゲームモードはボムと呼ばれるルールだ。

 各ラウンド毎に、防衛地点を守るディフェンス側と、防衛地点を攻めてボムを設置するアタック側の二つに別れ、それぞれの目的を達成したほうがラウンドの勝者となり、先にラウンドを五回取ることができたチームが試合の勝者となる遊びやすいルールだ。


 攻め側になった俺のチームはラウンド開始と同時に攻め始める。リリースから数年経ったゲームだけあって、俺以外のメンバーは手慣れた様子でスムーズに動き出し、俺もそれに続くように動かしていく。

 テキストチャットもボイスチャットも無いが、チームが一丸となって動いているのは特殊部隊っぽさを感じさせてくれる。



 試合は順調に進み、ラウンドは既に最終ラウンドで互いのチームが三人ずつ倒されて残り二人の状態。このラウンドを取った方が勝利という状況で、こちらのチームに残ったのは野良のプレイヤーと俺だった。


 そして俺の傍をカバーしていた味方が飛んできたグレネードでキルされ、一対二の状況に追い込まれてしまう。しかしゲームに慣れてきた俺にとってはハンデですらない。


 小学生の若い肉体によるものなのか、正確かつ鋭い反射神経で飛び出してきた相手プレイヤーの頭を撃ち抜き、そのカバーに入ろうと続けて飛び込んできたもう一人もヘッドショットで倒す。


「俺さいきょーじゃん」

「さいきょー」


 相手――というより、マッチした自分以外のプレイヤーの実力はかなり高い感じはしたのだが、このゲームはヘッドショットが一撃というルールがある以上、どれだけやり込んでゲーム内容を熟知していようとも、最終的にフィジカルの強いプレイヤーが勝てるのだ。


 若さとチートを兼ね備えた俺はオンラインゲームにて無類の強さを発揮できるのだ。


 試合は無事勝利に終わり、俺がチーム最多の25キルでMVPを取って喜んでいたところ、試合終了後にウィスパーチャット個人チャットでメッセージが飛んできた。

 メッセージの相手は先ほど試合をしていた敵チームの一人、それも一番強く、高いスコアを出していた【ORE_KANI】というプレイヤーだった。


 (ORE_KANI):さっきの試合、チートしてました?


 な、なんなんだコイツ!?

 いきなりメッセージが飛んできたと思えば開幕チート扱いをしてくる輩だった。こんなプレイヤーはSSFを遊んでいて初めての遭遇だ。俺は少し間を置いて冷静になり、無実……そう、無実であることを訴える。


 (テンテン):チートなんて使ってないですよ^^;

 (ORE_KANI):いや最後の挙動おかしいですよね? WHとエイムボットなしじゃあの動き出来ないでしょ。通報しときました~乙~


「……」

「……お兄ちゃん?」


 怒りで身体で震える。転生後、初めて明確に抱いた怒りがこれだった。


 いや落ち着け。こんなのネットでは良くあること、大したことじゃない。俺は深く深呼吸をしてから目を瞑る。


「――……許せねぇ」


 昔習ったアンガーマネジメントでは怒りを六秒我慢すればピークを過ぎて耐えられるというが、イライラは消えるもんじゃない。俺は文字通り目の色を変え、モニターを睨みつける。


 俺のチートは大体なんでも出来るが、大抵の場合あまり強い力を発揮しない。透視であれば服の透過、因果律や運勢の操作は非常に極低範囲、その他魔法だって人を怪我させるほどの威力は基本出ない。


 その理由は簡単な話で俺が精神的にセーブしているからだ。極論、俺が指を鳴らすだけで地震雷火事竜巻、ありとあらゆる災害を自在に引き起こすことも可能ではあるが、そんなものは日常で一切必要としていない。だからこそ強力なパワーが出ないようにセーブをする必要がある。



 俺は今ここで少しだけセーブしていたチートを解放する。使用するのは探知魔法と呼ばれる魔法だ。


 俺にメッセージを送ってきたユーザに向けて探知魔法を撃ち込む。魔法は電波を通じてインターネットに流れ込み、即座に相手へと到達する。そこに向かって千里眼の魔法を発動させて情報を一気に入手する。


 見える、見えるぞ。大学生――男、二十一歳、名前や住んでいる場所だって分かる。


「本当のチートを見せてやるよ……!」


 腹痛魔法をORE_KANIとかいうふざけたユーザーネームの本人に撃ち込む。千里眼に映る男の姿に変化は無いが、これは時間差で腹痛が発生する魔法だ。


 ちょうど来週月曜の朝九時から10分間、猛烈な腹痛に襲われるように設定しておいた。クソみたいなチャット送りつけてきた報いを受けろ!


「はははは!」

「……お兄ちゃんうるさい」

「ごめん」

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