兄ちゃんな……ゲーム配信者になろうと思ってんだ

 【朗報】転生先、異世界だった。【悲報】


 あり得ないと思うかもしれないが、俺が転生した先は異世界だったらしい。地球に限りなく酷似した星ではあるが、俺が過去に知っている地球そのままというわけではない。


 生まれた星が地球であることに間違いは無く、地球を取り巻く周辺は太陽系と呼ばれていて太陽も月も大体同じ位置に存在している。


 地球に住む生物が何か変わったわけでもなく、ファンタジー世界の住人が存在しているわけでもない。


 あえて前世の地球と比較するのであれば、人類の歩んできた歴史や技術進歩に違いがあるくらいなのだ。


 歴史上の人物の名前がほんの少し変わっているとか、生年没年が若干違うとか、死因が違うとか、その程度のことだけ。


 何故今まで気づけなかったのかと言えば――多分興味が無かったからだろう。じゃあ何故今さら気づいたのか?

 単純明快な理由だ。俺が知っていたゲームのタイトルが前世と違っていた。



 小学校時代は比較的順調に進み、あっさりと二年生に進級した。


 二年生に進級することに対して苦労すると考えたわけではないが、もっと思春期的な葛藤をしたりすると思っていたのだ。

 というのも転生を経て成熟した精神があったとしても、肉体の方に精神が引っ張られるようで、どれだけ強い意志を持って耐えようとしても幼い肉体は睡眠を求めるし、前世では問題無かったはずの緑黄色野菜も食べたくないと思うようになる。


 前世の記憶とチートを持っている唯一であろう俺が肉体と精神に関して何か言うことではないが、少なくとも俺にとって、精神というのは肉体に引っ張られやすいのだろうと定義した。


 決して俺自身が自堕落な人間だから野菜が食べられないという訳ではないことを心の中に記しておく。


 ともかく、些末な問題もなく日常を送り、無事に進級できたことは喜ぶべきことだろう。


 一年生から二年生に上がったからといって何が変わるわけでもない、むしろ目新しいことは次々と減っていき、俺が日常で興味を持つことも少なくなった。


 結局一年生の頃にやっていたスポーツ全般は飽きたので辞めた。誘われれば遊ぶし、学校行事――体育会みたいなところでは英雄みたいな扱いを受けたりするが――それはそれ。どこかのチームに入って試合とかするのは疲れるし、要らぬ嫉妬を受けるだけだと気づいたのだ。


 そこで冒頭に話した通り、ゲーム・・・の話題に戻るのだ。



 ゲームにネット――時代的にはまだちょっと早すぎるが、こういったコンテンツは未来で流行ることが確定している。


 俺はきっとこっちのほうが向いている。性根がインドア寄りの人間なのは間違いない。


 両親にマッサーチート(マッサージ+チート、俺が命名した)を使用して懐柔し、中々スペックの良いパソコンを買ってもらえるようお願いすることにした。


 最初は難色を示されるのではないかと思っていたが、俺の懸念は当たることなく、呆気なく購入を許可された。


「物欲無い子だと思っていたけど珍しく要求するから」

「運動できるのは分かるがどうにも危なっかしいから」

「お前がいないと天音の機嫌が良くないから」


 等々、散々な言われようだ。元々の予定では、前世+今生で培った交渉術を使い、将来性がどうとか、プログラミングがどうとか、オフィスなんたらがどうとか言って、巧みに買わせるつもりだったのだ。なんだか拍子抜けだ。




 ゲーミングパソコンやらキーボードやらマウスやら、何ならヘッドセットまで購入した俺は、自室で各機材の準備を行った。

 作業はとんとん拍子に進み、準備が一通り終わったのを確認し、俺はスッキリとした気分で自室にある学習椅子へと腰掛けていた。


 なんの木製かわからないが明るい色の勉強机、その側面に設置されたパソコンを起動すると、机の上に置かれたモニターが点灯し、有名な窓のマークを映した。


 すげぇ、パソコンだ。そんな喜びも束の間、俺の首に回されていた腕がギュッと締まった。


「お兄ちゃん……」


 妹の天音が、椅子に座る俺に正面から抱きつく形となり、首に回していた腕を強めたのだ。


「く、首が締まってる……天音」


 天音の背中を軽く叩けば強烈なスクイーズは一時的に弱まる。しかしこのまま構ってやらなければ直ぐにでも首に回った腕が俺の気道を塞ぐのは想像に難くない。



 一年ほど前だったか、読心チートを使って妹が何を思っているのか調査した時期があった。当時は天音自身が上手く感情や思考を表に出すことが出来ず、俺の微妙な読心チートでは上手く探る事ができなかった。


 ただ幼稚園へ行くようになった妹は外部でコミュニケーションなどを学んだのか、目覚ましい成長を遂げ、今まで以上に活動的になり、感情や言葉を出すようになった。


 そうなると読心チートなんて使わなくても分かってくる。天音は想像以上に寂しがりやだったのだ。


 よくよく考えれば当たり前だった。

 両親からは愛情いっぱいに育てられたが、親は共働きで忙しいこともあり、幼稚園に預けられる年齢になれば構ってやれないことも増えてくる。そうなると忙しい親の代わりになるのは兄である俺であり、だからこそ甘えてくるのだろう。


 ただ、今まで甘やかされているばかりで甘えた経験が無かったからこそ、俺との距離感を測りかねていたのかもしれない。


 以降は天音の甘え方も徐々に変化していき、服の裾を握るところから俺の指を掴むようになり、手を握るようになって、最近は抱きつくようになってきた。


 幼稚園くらいならそんなものかと気にしないでいたが、最近になってスキンシップの激しさが増しつつある。甘えたい盛りなのかもしれないが、来年には小学生になる年齢と考えると、もう少し自立できるように促してやったほうが良い気がする。


 首元に手を回してぶら下がるようにくっつく天音に対し、動かしづらいからと懇願して首に回った手を離してもらうよう説得をする。

 しかし天音は少し拗ねた顔でこちらを見るだけで離れる様子はない。


 これも幾度となく繰り返してきたもので、離れなさいと親指で天音の頬を押すように撫でれば諦めたように手を離した。

 しかし彼女はお腹の上から退く気はないとばかりに座り込み、全身を俺に預けた。大きな猫を飼っているみたいだなと思ったが、それを幼い天音に言っても意味が伝わることはないだろう。


 どちらにせよ数年もすれば思春期が来て、いずれ兄である俺を蛇蝎のごとく嫌いはじめる。そう思えばこのスキンシップも可愛らしく思えた。


 小さくため息を吐き、ようやくマウスに手を伸ばす。長い起動を終えた後のデスクトップ画面がモニターに表示され、次の操作を今か今かと待っていた。


 あらかじめ初期セットアップは済ませてある。後は好きに動かすだけだ。


「お兄ちゃん。これなに?」

「パソコンのデスクトップ画面だ」

「ですく……?」


 幼稚園児にパソコンを説明するのは無理か。ごまかすように空いた手で妹の頭を撫で、それから片腕でピコピコ操作し始めた。


 この世界で人気の無料FPSタイトルはサドンストライクフォース――SSFと呼ばれる作品らしい。5vs5の少人数で撃ち合う対戦シューターというジャンルで、近年出てきたFPSタイトルの中でも完成度が高いとか。


「じゃあインストールしてみ――」


 インストールボタンにカーソルを当て、何気なくクリックしようとしたときにふと思った。俺ってこういう対戦ゲームやっていいのか?


 こういうゲームってチートって使用禁止だろ? いや別にソフトやハードを改造しているわけじゃないので規約には引っかからないとは思うが、俺の肉体それ自体がそこそこズルみたいなもんで、それは実質チートに該当するんじゃないだろうか。


「……まいっか」

「?」


 首を傾げる天音を抱きしめ、ゲームのインストールボタンを押した。


 俺の肉体が超人的にすごいだけだし別にいいだろ。ゲーム内で壁を透視したり空中に浮くわけじゃないんだからセーフだセーフ。


 とりあえず遊ぶゲームは決めた。次は……そうだ、配信だ。


「天音」

「なに?」

「兄ちゃんな……ゲーム配信者になろうと思ってんだ」

「……?」


 配信なんてできる環境なのか分からない。ただ少なくとも俺は今日、ネットの人気者への道を歩みだしたのだった。

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