承認欲求サイコー!

「~♪」


 サッカーコートにいる一人の少年が、鼻歌を歌いながら敵陣へと駆けていく。


 少年の足元にあるサッカーボールは接着剤でも付けられたかのように少年の足に付いて回り、彼の周囲から離れる気配は微塵もない。


 少年に追い縋る敵チームの数人が必死にボールを奪おうとするが、少年は全身に目が付いているかのように妨害しようとする相手を寄せ付けない。


 彼らの懸命な妨害も虚しく、妨害を捌くことで生まれた隙間を縫って颯爽と更に奥へと駆けていく。


 相手ゴール近くまで来た少年は、足元のボールを小さく空中に蹴り上げ、伸ばした足で思い切りボールを蹴る。小学一年生とは思えないほど卓越したボレーシュートはキーパーの脇腹の側を撃ち抜き、無慈悲にもゴールネットを揺らした。


「ナイスー」


 少年はシュート直後に踵を返して自陣へと引いていく。ゴールに入ったかどうか見ることもない。


 少年が引いていく姿を見て、相手チームのエースだった少年が膝をつき、荒れた息を吐き出す。自分よりも3つ以上幼く、小柄な少年に手も足も出ない。今まで自分が着実に積み上げてきた自信が崩れそうになる不快な感覚に支配され、立ち上がる事ができずに呆然と少年を見ている。


 全体の試合時間は40分程度。子供の体力でその時間をフルで出続けるのは厳しいと言わざるを得ない。しかし華麗にボレーシュートを決めたあの少年はその試合時間の内、およそ30分近く出場し、おぞましい活躍をしているにも関わらず、殆ど疲れた様子も無く、息も切れていない。


 今まで見たことがないほどの圧倒的な体力と才能を持つ神童を前に、少年から怨嗟の混じった震え声が出た。それは意図したものではないが、心の底から浮かび上がってきた声だった。


「……ズルじゃん、そんなの」




「テン、助っ人サンキュー!」


 俺の手をぎゅっと握って喜んでいるのは、近場にあるサッカークラブのメンバーの一人で、同じクラスの男子だった。


 今日は強豪のサッカーチームとの対戦ということだったが、こちらのチームのエースがインフルエンザか何かで復帰できていなかったらしく、そのフォロー要員としてお鉢が回ってきていた。


 どうやら今日の試合はどうしても勝ちたい相手だったということで、普段なら絶対に誘うことはない外部の俺を呼んだのだという。


 それってルール的にアリなのかどうかは知らないが、そこは上手くやってくれるのだろう。


「お疲れ、テン君!」

「うん……茜ちゃん、ありがとう」


 満面の笑みを撒き散らして水筒を渡してくるのは幼稚園からの幼馴染でもある美少女、木下 茜だった。


 お目付け役だかなんだかという理由で俺に付いてきた彼女は、まるでマネージャーにでもなったかのように俺を甲斐甲斐しく世話してくれている。


 受け取ったクソデカ水筒の水を流し込み、ふぅと息を吐く。正直言うほど疲れていない。理由は回復チートのおかげだ。

 疲労した分をすぐに回復させて、身体を常に万全の状態でキープすることで常に最高のパフォーマンスを出せるというカラクリである。


 というのもこれは、チート実験の一環で、俺が使用できる回復チートがどれくらい万能なのかを自身で試していたのだ。


 回復チートと一概に言っても、どこまで効くか、どこまで効かないか、俺には分からない。

 外傷や病気はどこまで治せるのか、怪我の予防は可能か、回復を続けた場合にデメリットは発生しないのか、そういった部分が分かっていない。


 適当に動物でも捕まえて実験すればいいのでは? と思うかもしれないが、俺は狂人ではない。なんの罪もない人や動物は極力実験には使わないようにしているのだ。転生したおかげか倫理観がちゃんとしているねえ。


 ともかく今回の実験で分かったのは、小さな怪我や疲労、体内で起きているであろう筋肉の損傷などを治療しても短期的には何も問題が起きないということだ。


  それに久しぶりに伸び伸びと運動できたのが良かった~。下手に無双しすぎるのも喧嘩の種になっちゃうからな、やっぱある程度は線引をしないと。


 先程まで一緒に走り回っていたチームメンバーが来て、次々と俺を褒めて頭を撫で回してくる。承認欲求サイコー!


 しかし楽しかったのはこちらだけのようで、相手チームは何やらだいぶ落ち込んでいるようだった。


 コートの向かい側に集まる相手チームの面々は表情が暗い、というより数人が泣いていた。元々この辺りでは抜きん出て上手いメンバーが揃ったいわゆる強豪チームだというが、それだけに負けたのが悔しいのだろう。


「いい気味だ」


 チームの一人がそう言って、近くにいた他のメンバーに小突かれている。サッカーをまじめにやっている分、多少なりとも諍いがあったのかもしれない。



「如月くん、ちょっと良いかな」


 試合終了後の片づけ等が終わり、撤収しようと荷物を整えている頃、クラブの監督が傍に来て俺に声を掛けた。


「君、本当に一年生? 信じられないくらい上手なプレイだったよ」

「ありがとうございます」

「あれだけ上手なのにサッカーチームに入っていないって聞いたけど、入る予定とかって無いのかな? もしよければウチに来ないかい?」


 物腰の柔らかい監督は静かに、それでいて少し興奮した様子で、本格的にサッカーをやらないかと尋ねてくる。しかしそれに対する回答はもう決まっていた。


「あんまり興味ないんで結構です!」


 短期間でスポーツ無双を一通りして満足した俺は、スポーツ全般に飽きつつあった。


 回復出来るとはいえずっと走り続けるのは疲れるし、遊びでやっている運動に熱意も無ければ思い入れもない。このまま本格的に続けるのはなんだか不誠実なように思えたのかもしれない。


 しつこく勧誘してくる監督に断りを入れサッカー場から出る。助っ人として参加した理由はいくつかあるが、その一つが徒歩で家まで帰れる距離に試合場があったことだ。これがバス移動とか車移動なら断っていたかもしれない。


 試合後の打ち上げにも呼ばれたが断った。流石に飛び入り参加した奴が打ち上げにもいるのはアウェーな感じがしたので空気を読んだのだ。


 色々と理由をつけ、荷物を抱えて帰ろうとしたとき、後ろから茜が走ってきた。

 日が経つごとに容姿に磨きがかかる彼女は誰がどう見ても美少女だ。白のワンピースに小さなリュックを付けてくるだけというピクニックでもしに来たのかという格好で、殆ど荷物を持っていない。


 彼女がどうやって話を聞きつけ、何故ここにいるのかを俺は詳しく知らない。


 茜は追いつくと俺の肩に手を当て、小さく荒い息を吐く。走ってきたのか、じっとり滲んだ汗で綺麗な黒髪が濡れている。


「やっと追いついた……って、どうしたの?」

「すごい勧誘された」


 後ろを歩く茜は少し間をおいて、納得したように声を上げた。


「そっか、すっごい上手だったもんね。テン君」

「そう?」

「うん! かっこよかった!」


 小学生とはいえ美少女に褒められるのはそう悪い気持ちにならない。


 幼稚園で知り合った時、何をしても褒めてくる彼女によくわからない恐怖を抱いていたが、今はそういった恐怖のようなものを感じない。

 もしかしたら自分に対人恐怖症の毛があったのかもしれないし、将来の展望に言いようもない不安があったのかもしれない。でも今はそういう気持ちは殆どない。だってチートがあるから!


 なんだか気分が良くなった俺は、後ろに付いてくる茜の手を握り、声を掛けた。


「よし、じゃあ今日はジュースを奢ってあげる!」

「え……急にどうしたの!? ちょ、ちょっと!?」


 慌てる彼女の手を引いて街中を走り出す。あまり運動が得意では無さそうな彼女に合わせた速度で引っ張って、自販機が五台横並びになった場所に到着した。


「暑くて疲れたでしょ、なんでも一本奢るよ」

「ふぅ、ふぅ……走ったほうが疲れたんだけど」


 彼女はいつものように俺を半眼で見て、それから自販機の並びに目を移した。


 飲料の自販機が四台、アイスの自販機が一台並ぶここは、学生がよく使う自販機ポジションだった。バリエーションが豊富で飲み物の被りがほとんど無く、なによりここの自販機台には購入時にスロットが回る機能があるのが良かった。



 茜は少し悩んでから、アイスの自販機を指さした。

 指の先にあったのモナカのアイス、それもバニラ味。自販機でこんなの買ってるやつ見たことねえ。


「えー……これ買うの? チョコのほうが人気じゃない?」

「何その反応……いいのこれで。こういう普通買わないものが案外良かったりするんだよ?」


 逆張りじゃん。とは言わなかった。

 約束は約束だとモナカアイスを買えば、彼女はその場でパキッと二つに割って、片方を差し出してきた。


「あげる。食べきれないから」

「お、おぉ。ありがと……」


 小学生とは思えないほどスマートな返しに思わず唸る。忘れていたが、茜は幼稚園、学校、どこに行ってもコミュニケーション能力抜群のコミュ力お化けだ。彼女のことを嫌っていたり、苦手にしている人間というのは生まれてこの方見たことがない。


 小学生にコミュ力で負けたという事実に悔しくなる。いや比べてもしょうがないのだが。


 といっても負けたままなのは悔しいので、少し意趣返しをしてみることにする。


「この中にある飲み物だと何が好き?」

「うん? いいよ、アイス買ってもらったし」


 茜はそう言って自販機の方を一瞥し、首を横に振った。


 ここで読心チートを使います。妹でちょっと練習したこともあり、表層心理で何を考えているかなんとなく読み取れるようになったのだ。


 俺は意気揚々と自販機の前に立ち、お金を入れて商品のボタンを押した。ガコンという音と共に飲み物が転がって出てくる。


「……抹茶オレ、はい」

「な……えっ? い、いいよ私! 本当にもう、買って…もらって……」


 半ば強引に抹茶オレを手渡す。別に俺……抹茶オレ好きじゃないし。

 彼女が慌てて突き返そうとする中、ピピピピと、購入した自販機から音が鳴りはじめた。自販機に設置されたスロット画面には7の数字が四つ並び、当たりが出たことを伝えている。


 確率操作チート。

 当たり付き棒アイスや当たりが出るチョコなどを買った時、確定で当たりを引くことができる。このチートは俺が使用する数あるチートの中で最も有用なやつだった。


 俺は堂々とオレンジジュースのボタンを押し、当たりの商品を受け取る。驚いた表情を茜が浮かべているのを見て、意趣返しが成功したことを実感していた。

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