たのし~

 チヤホヤされてぇ~! という、底なしの承認欲求を満たすため、俺はスポーツを始めた。


 いきなりの自慢で申し訳ないが、俺の身体はミラクルボディだ。別に飲み物というわけではなく、すごく恵まれた肉体だということを言っている。


 視力は抜群。反射神経や運動神経といったものも非常に良く、年齢に相当するレベルではあるが、身体を動かせば動かすほど必要な筋肉が効率よく身に付いた。


 野球やサッカー、テニスにバスケといったスポーツの才能もあり、大抵何をやっても上手くいく身体をしている。


 そんなこともあり、誘われるままに参加した昼休みにするサッカーやバスケ、ドッジボールを経て運動神経抜群の超人として頭角を現すのに時間は掛からなかった。


「またゴール!? テン君上手すぎ!」

「昨日までめちゃ下手だったのにどうしたん!?」


 へへへ……褒めろ褒めろ、俺をもっと褒めるんだ。

 クソデカ水筒に入ったお茶を喉に流し込みながら、向けられる称賛の眼差しに気持ちよくなる俺。大人げない気持ちはちょこっとあるが、正直それを気にしてもしょうがないと割り切る。小学生だしな。


 大体何をやっても平均点オーバーを容易に叩き出す俺だったが、とりわけ得意なのは団体競技ではなく個人競技――いわゆる水泳とかテニスなのだろうな。


 サッカーやバスケットボ―ルは一度ボールを持つと、相手がファール相当のプレイをするかゴールするまで一生ボールを持っていられるので、それはそれで無双感があって楽しい。

 ただこういうワンマンプレイは嫌われる要因にもなるので、ある程度ボールを散らしたりする必要が出てきて楽しく遊べないのだ。とはいっても昼休みにする遊びは大抵サッカーやバスケ、あとは鬼ごっこのようなものなので、そこそこ手を抜いて遊ぶ必要があった。


「(は~俺TUEEEたのし~)」


 ボールが手に吸い付くように思うがままに動く。ボールをキープしながら相手チームの三分の一を引きつけ、適当なところで同じチームの仲間にパスをすれば、フリーとなったそいつがあっさりとシュートを決めて点が入った。


「ナイシュー」

「ナイスー」


 チーム内で互いを褒め合う。これが青春か。


 あまりに活躍しすぎたため、クラス内で俺は引っ張りだこになった。

 それまでは(多分)変なやつくらいの扱いだったが、今やクラスの人気者だ。クラスカースト上位に食い込んだのだ。


 承認欲求が程よく満たされていくのを感じる。同級生や、体育の授業を見ていた先生などにスポーツクラブや習い事を薦められることが更に俺をいい気分にさせた。


 ただスポーツクラブに入る気持ちは一切なかった。どれだけ活躍しようとも心根は怠惰な人間だということだろう。平日休日関係なく朝から夜まで練習する気など更々無いし、そんな根性があるのであればチートなんて貰わないのだ。



「如月くんって運動も出来たんだね」

「ね! 私びっくりしちゃった」


 昼休みを終えた次の授業にて、先生の言葉が呪文のように聞こえる中、近くにいた女子たちのこそこそとした話し声が耳に届く。


 その会話は俺を褒めるもので、彼女たちが俺に向ける好意的な感情に嬉しくなってしまう。これが人生に三回来るというモテ期の一つなのだろうか?


 俺が密かに喜んでいるのを他所に、彼女たちの会話が続いていた。隣の席にいる幼馴染の茜にまで会話が飛び火をしたようで、何やらコソコソと話している。


 どんな会話をしているのか気になりはしたが、運動後の身体は想像している以上に睡眠を必要としていたようで、彼女たちの会話を盗み聞きするより早く、俺は睡魔に負けて意識が飛んでしまっていた。



「茜ちゃん、如月くんがすごい運動できるのって知ってたの?」

「幼稚園から同じだった他の子は皆知らなかったんだって、やっぱり茜ちゃんも知らなかった?」

「ううん。知ってたよ?」




 最近、妹が俺の後ろを付いて回るようになった。


 両親の美形遺伝子を120%継いだ妹が俺の着ている服の裾を掴み、クリクリとした大きな瞳を開いたまま、横から俺の顔をジッと見ている。


 最初は懐いているだけかと思っていたが、一ヶ月二ヶ月とそれが続くと怖くなってくる。


「どうしたの」


 そう聞いても特に変化はない。言葉の意味を知らないのか、知っていても俺も上手く伝えられないのか、訊ねるたびに彼女は掴んでいる服の裾を強く握りしめるだけだった。


 両親は妹を猫可愛がりしていることもあり、妹のそんな行動も「お兄ちゃんのことが好きだからじゃない?」と言ってあまり気に留めていないようだった。


 服にシワができると妹の手を外そうとすると嫌がるし、強引に引き剥がせば泣き始めるため、ここ最近は風呂とトイレ、それから学校に行くとき以外は付きっきりだ。


 一応俺なりに妹とコミュニケーションを取ろうとしているが、子供にしてはビックリするほど無口で、俺自身も幼い子供とのコミュニケーションなんてどう取れば良いかわからないので、おっかなびっくり話していくしかなかった。


「服掴むな」

「……いや」

「なら手掴んでて良いから」

「……わかた」


 そんな会話を経て分かったことは、妹が好きなのは俺の服にシワを作ることでは無いということだった。


 とすれば単純に俺のことが好きだから付いて回っているのか?

 しかし妹のことを特別可愛がっている両親と違い、俺は妹にあまり構っておらず、どちらかというと不干渉……せいぜい同居人といった立ち位置にいるため、親より俺に懐くというのも変な話に思える。


「親指だけ掴まないで」

「……」


 無視ですか。




 チート能力の出番だ。


 妹の気持ちが分からないなら読めばいい。つまり読心術のような技を使って妹の心情を読み解けば解決できるのではないか、というわけだ。


 俺は今日まで毎日毎日、少しずつチート能力をあく……訓練していた。

 その過程で気付いたことは、他人の精神や記憶、感情に思考――いわゆる人体、特に脳に対する干渉はできるだけしない方が良いということだった。


 俺にとって脳というのはブラックボックスだ。ちゃんと勉強したわけでもなければ、実際にこの目で見たこともない。


 そんな状態でデリケートな脳に関する事柄を自在に操作しようとした場合、どうなるか皆目検討もつかない。あまり影響が出ないと思われる範囲で実験をしてみたが、簡単な読心――表層心理を薄らと読み取ることくらいなら問題なく出来た。

 ただ記憶や感情の操作というのは中々難しい、というより失敗したときが怖くて実行に移せない。もしかすると問題なくできるのかもしれないが、踏ん切りがつかないのだ。


 ともかく、実験で問題ないと判断できた読心術を使って妹を見てみるとする。


天音あまね、ちょっとこっち向い……て」

 我が家のリビングにて、横路並びでソファに座る俺と妹の天音。テレビがCMに入ったタイミングで妹に声を掛けてこちらを見るように言おうとする。が、俺が声を掛けるよりも前から天音はこちらを向いていたため、出鼻を挫かれた形となって言葉に詰まった。


「(こいついつから俺の顔見てんだ?)」


 そんな疑問を飲み込み、妹に向かって読心術を発揮してみる。心の中でむにゃむにゃと意識を集中させて、互いの目を合わせる。


 少しの間、目を合わせていると、頭の中にノイズ混じりの幻聴が聞こえてくる。しかし明確な言葉で聞こえてくるわけでもなく、何か意味のある言葉ではない、表現に困る音が頭の中をぐるぐると回っている。


 思考が読めないなんてことはないはず。これは多分……特に何も考えていない、いわゆる思考が定まっていないからこそ、何も明確な思考を読み取ることができていないのだと考える。

 とすれば次のアプローチは思考に指向性を持たせてみる。


「天音、お父さんのことどう思う?」

「ぱぱ……」


 うーん。なんだろうか、お父さん=パパって返しているので、多分意味は伝わっているのだが、天音からは特に何も読み取れない。


「お母さんのことは好き?」

「まま……うん、すき(まま、すき)」


 すき、好き。スキヤキ食べたいな。いやそれは俺の思考だ。

 YESかNOで回答できるような質問をしたとき、妹の表層心理には「好き」という単語があった。つまり彼女が深く考えていることは読み取れていないと思うべきだろう。


「……お兄ちゃんのことは?」

「……すき(すき)」


 おお、これはちゃんと回答が返ってきた。けどこれは一つ前の質問が好きか嫌いかだったから、それに引き継いで考えているからこその心理なのだろうか。


 はい、いいえ。YES or NOの二者択一レベルでしか心理を読み取れないのであれば、俺がしたい質問の回答はあまり望めないだろう。一応は確認してみるが期待はしないほうが良いか。


「ニンジンってどう思う?」

「きらい(きらい)」


「好きなテレビは?」

「……ぷ○きゅあ(すき)」


「なんでいつも服の裾を掴むの?」

「……?(きらい)」


「いつもなんで僕の顔を見てるの?」

「め(すき)」


 ポンコツチートすぎる! なんだこれ役に立たねえ。チートを上手く使えてない俺が悪いのか?

 いや、単純に幼いから思考が定まってないと考えるほうが自然かもしれない。子供の考えることって分からないなぁ。


「はぁ……お昼寝しようか」

「うん。お昼寝する(すき)」

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