マッサーチート
小学生になった。
妹が生まれ兄となった俺だが、普段の生活で変わったことは特に無かった。
どちらかというと妹の子育てに対して両親が苦労しているようで、仲良くはしているが色々大変そうなようだった。
俺のときはそこまで手が掛かるような赤ん坊では無かったらしく、そのギャップが苦労の原因らしい。
両親が妹の子育てに奮闘している中、幼稚園を経て(おそらく)普通の小学校に入学した俺は、幼稚園の頃からの知り合いたちに何かと面倒を見られながら学校生活を送っていた。
授業中、学んだ漢字を狂ったように国語ノートへ書き写す修行のような時間、頭の中ではチートをどうやって使って遊んでやろうかを考えていた。
何も無いところから大量の水を出したり、透視で女性の裸を見るのは十分堪能したが、俺がもらったチート能力のポテンシャルはこんなものではない。というより使えるチート能力に対してやっていることがせせこましい。
せっかくならデカいことでも……そんなことを考えていたが、チート能力の使い道というのは中々出てこない。
日曜日の朝にやっているアニメ、ぷ○きゅあみたいな魔法少女が存在するわけでもなく、巨悪の存在が~とか、隕石が~とか、別にそういったことがあるわけでも無い。
つまりチート能力を振りかざす場所が存在しないのだ。
せいぜい俺の自尊心を満たすチート能力の使い方とすれば、両親に溜まった疲労を魔法で解決してやるくらいだった。
「飛んでいくよ~。だるいの飛んでいくよ~」
夜になり、食事や歯磨きを終えて寝るだけとなった頃、俺は馬鹿みたいなことを言いながら、
俺以外の他人には見えないだろうが、俺には母から立ち上る薄黄色の湯気が見える。それは疲労が具現化したもので、それを母の背面から除けるように手を動かせば、湯気は空気の中に散って消えていく。
「はあ~テンちゃんのマッサージ効くわぁ~」
そう言ってベッドの上で横になる親を見て、これは使えると心の中で納得する。
現代でチート能力を得た主人公がやることにマッサージが入るのはコスパが良いんだ。魔法を使って注目を集めるとか、悪いやつから人を助けるみたいな変な注目されないわりに程よく褒められる。
目立つというコストに対して、自尊心を満たすというパフォーマンスが良い。
それに合法的かつ相手に望まれる形で自然に女性と接触することができる。AVにマッサージから始まるシチュエーションがあるのも納得だった。
母親をマッサージしたあとは、同じベッドに連なって転がっている父親の番だ。
成人男性の大きな背中をきちんとマッサージするのは大変だが、俺は真面目にマッサージをするわけではない。
マッサージのフリをして疲労の湯気を取り払ってやれば、まるで三時間コースのマッサージを受けたあとのように疲労が抜けていく。
「……お“お”お“~~」
野太い声を上げる父親の情けない姿を見て呆れてしまうが、仕事に加えて子育ても頑張っている手前、何も言うことは無かった。
「……ん?」
パパンの背中をマッサージしていると、見慣れないものが目に飛び込んできて、つい疑問の声を上げる。
目に映るのは、薄黄色の湯気――疲労の湯気に混じって立ち上る、少量の……それでいて真っ赤な湯気。
最近訓練して自由自在となりつつあった透視の力を使って、赤い湯気が出ている背中の部分を透過して見てみることにする。そして俺は、胸元の中央部付近――いわゆる心臓の位置から赤い湯気が出ていることに気づいた。
「……おぉ」
赤い湯気は薄黄色の湯気と違い、手で除けようとして振り払うが、簡単に消えてなくなるといったことは無かった。
人の身体から出ている湯気というのは実際になにかに映って見えるものではない。
俺というチートを持った人間が、疲労といった人体に悪影響のあるものを簡単に扱うことができるよう、分かりやすく可視化できるようになったものが湯気なのだ。
湯気の色は白、青、緑、黄色、赤、黒といった順番で見え、白から緑までは比較的健康で悪影響のない状態に出る湯気だ。
以降の黄色から黒は人体に悪影響のある何かで、黄色は即座に問題を発生させるわけではないが、蓄積すると危ない疲労や寝不足といったものを表している。
薄黄色の湯気はそれの初期症状のようなものだが、放置していると大量のビタミンCを摂ったあとの小便のような色へと移り変わる。
赤はいわゆる危険信号で、黒はすでに死んでいる。
つまり赤い湯気が心臓付近から立ち昇っているということは、心臓……もしくは周辺で何らかの致命的な異常が発生している、もしくは発生する可能性が高いことを示していた。
「お父さん」
「……うん? どうした?」
「大変だと思うけど病院は定期的に行きなよ」
そう言って、赤い湯気が出ている心臓付近に向かって、背中から軽くバチンと叩く。赤い湯気は周囲に発散して飛び消え、そのあとは何も出てくることはなかった。
「うお!? どうしたテン、いきなり……」
「お祓い」
それだけで良いだろう。あとは背中の疲労を簡単に散らし、俺は与えられた自身の部屋へと帰っていく。
面倒くさいのはわかるが、年一度の健康診断だけじゃ身体の危険は見つけられないよなぁ。
◆
「今日は早いね、テンくん」
ランドセルを自席に降ろして着席すると、隣の席の女子に声を掛けられた。今生はどうも他人に話しかけられることが多い。
「天気が良かったから早く来た」
「へぇ? そ……そうなんだぁ」
何言ってんだコイツ? とでも言いたげに首を傾げ、困った表情で返答してくる少女は、幼稚園時代の友達だ。
名前は確か――。
「
そうそう木下 茜。幼稚園の頃から美人先生と共謀して俺の周りをウロチョロしてきた一人だった。しかし何故彼女は自分の名前をいきなり言い出したのか、不思議になって隣に視線を向ける。
「なんでって顔してるけど、いつも私の名前忘れちゃうでしょ?」
腕を枕にして俺の方をじっと見つめる少女。幼稚園時代から整った容姿をしていたが、小学生になっても頭一つ抜けた可愛らしさを持っている。
俺のことを見つめる大きなブラウンの瞳は俺を捉えて離さず、一切ブレることはない。それが少し恐怖を掻き立てられる。
顔立ちは綺麗で人形のように整っているが、それゆえジッと見られるのは緊張や恐怖に通ずるものがあった。
「いやー……覚えてたよ。茜ちゃんでしょ、うん」
「テンくんが覚えてるわけないよね」
「……え」
彼女は俺の言葉を信じていないのか、きっぱりと言い切って半眼でこちらを見るが、狼狽える俺を見て、小さな口を三日月のように変えた。
「そういう適当なこと言うところ好きじゃない。……でも許してあげる」
「え? う……うん。ありがとう……?」
なんと返せばいいのか分からず感謝をしてしまう。
茜という少女に対する俺の気持ちとしては、マセた小学生だなぁと思う反面、コロコロと態度が変わるのがメンドクセーとも思う気持ちだった。
適当にあしらって俺に構わないようにアプローチしてみようかと考える。けれど彼女はクラスカースト最上位ということもあり、邪険な扱いをしてクラスから爪弾きにされるのだけは困る。
イジメられたりクラスに馴染めなくて不登校は勘弁願いたい。俺はほどよく愉快に気持ちよく生きたいのであって排斥されるのはゴメンだね。
授業が始まる寸前まで話しかけてくる茜という少女を相手にしつつ、そんなことを思っていた。
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