第7話

 さちと家に帰ってしばらくして、俺は直樹にメッセージを入れた。

 『話がある』


 「それで別れたいってこと?」

 「そうだ」

 ホテルの一室、俺は立ったまま直樹に向き合う。

 「ふーん」

 直樹はわざとそうしてるのか、なんとも思ってなさげだった。

 「いいんじゃない」

 直樹が言う。

 「家族大切にしなよ」

 直樹は部屋を出て行った。あっけない最期だった。


 帰り道、また同じ場所で黒い男に会った。今度は素面だ。黒い男は構えを取る。

 「約束……約束……」

 ぶつぶつと言う声が聞こえる。約束とは一体なんのことなのだろうか。

 しゅっ

 考える隙もなく前蹴りが飛ぶ。

 距離を詰められて何度も打たれる。

 腕でいなすが一撃一撃が重い。

 押して体勢を崩そうとするがびくともしない。

 こちらも前蹴りを繰り出す。

 腕でいなされる。

 距離を詰めて打つがもう一歩届かない。

 相手のフードがめくれる。

 自然、そこに目がいく。

 「……!」

 そこにいたのは、俺だった。

 しゅっ

 目を奪われた隙に首元への突き。

 俺はまた失神するのだった。


 こんな夢を見た。

 さちはまだ妻のお腹の中にいて、買い物袋を俺が持ち、空いた手は繋いで妻と歩いていた。

 「俺は家族をなによりも大切にするぞ」

 「だってよーパパかっこいいねえ」

 お腹に向かって語りかける妻。

 「悪い奴はパパがやっつけてやるからな」

 俺も妻のお腹に向かって語りかける。こうして絶対に家族を守ろうと決めたのだった。


 目が覚める。

 ああ、約束とはこのことだったのか。

 上体を起こすと黒い男はまだそこにいた。

 「悪い奴はパパがやっつけてやるからな」

 あいつはあの時の約束自身だ。あいつはそれを思い出させようとして俺の前に現れたのだ。


 「悪かった」

 俺はもう一人の俺に対して頭を下げた。

 「もう二度と家族を裏切るようなことはしない」

 本心からの言葉だった。

 「約束通り家族を守っていく」

 一言一言自分に刻みつけるように言う。

 「思い出させてくれてありがとう」

 そう言うと黒い男は消えて行った。


 「パパーはやくー」

 「待ってー」

 今日は妻が友達と遊びに行くためさちと二人で遠くの公園に遊びに来ている。今日のために早起きして弁当も一緒に作ったのだ。全てを清算して家族と向き合うことができて本当によかった。今は心から家族の前で笑えている。

 「あ、パパ」

 遠くに木陰に黒い男がいる。

 「ほんとだね」

 あの日の約束はいまでも俺たち家族を見ている。また俺が裏切るかもしれないとでも思っているのだろうか。いや、あれはきっと見守っているのだろう。「悪い奴はやっつける」ために。

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約束、約束 おおつ @jurika_otsu

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