第6話
「家族を大切にしてください」
あのインチキ女に言われた言葉が頭の中で繰り返される。あいつに何がわかるっていうんだ。俺は家族を大切にしている。何より大切だとわかっている。
本当に?
押し殺していた疑問が頭をもたげる。家族を大切にしていたら不倫なんてしない。何より大切だとわかっていたら騙すようなことはしない。そうだ、俺は家族を裏切っている。それが今起きていることの原因だというのか。あの女はどこまでわかってあの言葉を言ったのだろうか。そんなことをぐるぐる考えながら家にたどり着いた。
「ただいま」
「おかえりなさい。早かったね」
妻が言う。
「あのさ、さちが遊びに行きたいって言うんだけど、近くの公園に連れてってくれない?わたし会議があるから……」
「うん、いいよ」
妻は今日はリモートワークのようで、邪魔しないようにさちと遊びに行くことにした。
「公園やった」
「やったね」
さちは嬉しそうだ。この笑顔のためならなんでもできると思う。思うだけだ。俺は裏切っている。二律背反の考えが頭の中でこだまする。
「あんまり遠くまで行かないでね」
「うん」
俺はベンチに座り、さちが遊ぶ様子を見る。さちはブランコを選んだようだった。元気よく空を蹴る姿が微笑ましい。
「家族を大切にしてください」
またあの女の言葉を思い出す。簡単に言えばこの裏切り行為をやめろと言うことなのだろう。そんなことできるだろうか。俺は直樹を手放せるだろうか。今まで起きたことを思い出す。洗濯物が取り込まれていた。郵便物が受け取られていた。謎の男に襲われた。これくらいだ。これくらいなら我慢できるんじゃないのか。多少の奇怪なことには目を瞑って直樹との関係を続けてもいいんじゃないだろうか。そんな考えが浮かぶ。俺は本当に家族を大切にしているんだろうか。
「あぶない!」
誰かが叫んだ。知らない声だったがあまりの必死さに目を向ける。そこには。
「さち!」
さちが車道に飛び出さんとしているところだった。そこを間一髪黒い男が捕まえる。慌てて駆け寄る。黒い男はそのまま消えていった。
「パパ」
さちは黒い男が消えていった方を見てそう言っていた。
「さち!大丈夫?」
「あ、パパ」
さちはやっとこちらを向き、笑顔を見せた。
「気をつけないとダメだよ。轢かれるところだったよ」
「うん。ごめんなさい」
「これからは気をつけようね」
「はい」
さちを叱る資格はない。俺はさちを見ていなかった。もうすぐでさちを失うところだった。あの黒い男がいなければ。俺とあの黒い男、どちらが家族を大切にしているだろう。
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