第3話

 公園から帰る車の中でさちはぐっすり眠っていた。

 「疲れたんだな」

 「楽しかったんだよ。パパと遊べて。あなた最近帰りが遅いでしょう」

 「そうだな」

 妻の一言にどきりと心臓が跳ねる。やましさがあるからだ。しかし全部やめるという選択肢を選ぶつもりもない。俺は車の運転に集中した。


 家に着く。妻がさちを抱っこして運ぶ。俺は荷物を持って先に玄関のドアを潜った。

 「え」

 そこには郵便物が届いていた。家を出た時にはなかったはずだ。

 「どしたの」

 妻が聞く。

 「これ」

 震える声で指をさす。

 「ああ〜お母さんから届くの忘れてた!早くしまっちゃわないと」

 妻はなんでもないことにように言って家に上がっていった。一瞬呆然とした頭を無理やり動かし、ドアに鍵をかけ、妻を追いかける。

 「そうじゃなくて。家の中にあるのおかしいだろ?」

 「確かに不思議ねー」

 「不思議って……怖くないのか?」

 自然声が荒くなる。

 「なに怖いって」

 妻は本当になんのことやらという顔をしている。

 「家の中に誰かいるかもしれない」

 真面目な声で言ったが、妻はあはは、と笑った。

 「怖がりねー。座敷わらしかもよ? それかさちが言う『パパ』かも」

 「そうだとしても怖いだろ!」

 なぜ妻がわかってくれないのかわからない。完全に異常なことが起こっているのに。

 「落ち着いて。シャワーでも浴びたら?」

 「……ああ」

 その日は一睡もできなかった。


 「怖いっすね」

 「だろ?」

 直樹に話すとわかってくれたようで神妙な顔をしていた。

 「人かお化けかわからないですけど、鳴島さんなにかしたんじゃないですか」

 「なにかってなんだよ」

 「祟られるようなことー」

 言って両手をゆらゆらと揺らす直樹。やめろと言うようにその手をはたく。

 「祟られるようなこと……したかな」

 「ははっしてるでしょ今この瞬間」

 それもそうだなと笑いながらキスをした。


 次の日の仕事中、忘れ物をしたことに気がついた。妻がいるかもしれないと家の電話にかける。数秒のコール音の後、受話器が取られた音がした。

 「あ、俺だけど」

 「……」

 電話の相手は沈黙している。

 「もしもし?」

 「……」

 呼吸音さえ聞こえない。訝しみながらも携帯電話を耳に当てていると不意に声がした。

 「約束……約束……」

 男の声だった。反射的に電話を切る。上長に一旦家に帰る許可をもらい、家に行くことにした。


 ガチャリ

 玄関のドアを開ける。見慣れた自宅だがどこか不気味に思える静けさだった。そっとリビングの電話の方に行く。なにもなかったかのように整ったままだ。あの男の声はなんだったのだろう。家中を探し回ったが、男も、なんの痕跡も見つからなかった。

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