第2話

 度々娘のさちは変なことをするようになった。小学校の迎えや公園で遊んだ帰りなどに遠くを指さしては「パパがいる」と言ったり、家にいる時も窓の外をぼうっと眺めていたかと思うと急に笑い出したりと言うことが増えた。

 どこか病院に行った方がいいのかとも思ったが、日常生活で困ることはなかったし、元気そうなのでひとまず様子見をすることになった。


 さちの変化はそれだけではない。ことあるごとに「約束」をせがむようになった。小指と小指を絡ませてするあの約束だ。

 「週末遠い公園に行こうか」

 「ほんと! じゃあ約束!」

 そう言っては小指を突き出してくる。学校で流行ってでもいるのだろうか。ある日に至っては寝言で「やくそく、やくそく」と言っていた。俺は少し気味が悪いような気がしていたが、妻は「よっぽど公園が楽しみなんだね。かわいい」と言っていた。俺が神経質になっているだけか。


 「かわいいじゃないですか娘さん」

 隣に寝る彼が言う。

 「かわいい……そうだな俺の考えすぎか」

 「思ったより怖がりなんすね」

 ははっと笑う直樹に少し心が落ち着く。

 「俺とも約束しましょーよ」

 直樹が言う。

 「なんの?」

 「次会う約束」

 そう言って小指を突き出す。俺はそれに自分の小指を絡めた。


 家に帰ると明かりがついていた。気まずいような心持ちがするが顔に出さないように深呼吸する。玄関を開けると妻の「おかえりなさい」が聞こえてきた。なんだか機嫌がよさそうだ。

 「ただいま」

 「おつかれさま、ありがとね!」

 「え、なにが」

 「洗濯物。取り込んでくれてたでしょ?雨が降ってきたから焦ったー。」

 俺は取り込んでいない。直樹と会うために外出していたから。だがそれを言うわけにはいかないので誤魔化すことにした。

 「ああ、いいよ全然。」

 妻に笑顔を返して浴室に向かう。熱いシャワーを浴びながら考える。俺でも妻でもないなら誰が洗濯物を取り込んだんだ?空き巣?まさか。洗濯物をわざわざ取り込む意味がない。ぐるぐると考えるが答えは出ない。一旦考えるのをやめた。


 「さちーハンカチもった?」

 「もった!」

 「おっけ!行こうか!」

 妻とさちが玄関を出る。俺は最後に玄関を一瞥して家を出た。

 俺たちは「遠くの公園」と言っている市の自然公園に来た。さちは元気に駆け回っている。俺も鍛えているとはいえ子供の体力についていくのは大変だ。

 「ご飯食べよー」

 妻の優しい声が聞こえる。今日のために朝から作った弁当を頬張る。さちも大好物の唐揚げにご満悦だ。これが幸せだと思った。

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