どうして喜劇でなければならないのか

さくらます

第1話






 少し昔話をしよう。


 ある国のある街の……名前はなんだっていい。水が綺麗で、油絵が立体になったような美しい街だった。


 そこでとある貴族同士が政略結婚をすることになった。


 伯爵であるフローリー家は宝石の加工、販売をしている家柄で、相手のモンクスフォード家は元は騎士だったが、宝石の取れる鉱山を発見したことで爵位を得た。


 2つの家の利害は一致していた。故に婚約までの話は早く、フローリー家からは三女のプラナス嬢が、モンクスフォード家からは長男のクラスト殿が婚約することになった。



「お初にお目にかかりますわ、クレスト様。わたくしがフローリー家が三女、プラナス・フローリーですわ」



 プラナス嬢は当時、透き通るような銀色の髪を肩まで伸ばしていて、宝石のように煌めく黄色い瞳を長いまつ毛で覆うようにした憂い顔で、整えられた立ち振る舞いはすぐそばにいても硝子の先にいるような儚さがあった。



「ところで……そうですね。クレスト様は好きな天気はございますか?」



 しかし存外気さくなというか天然な方で、突拍子もないことをたまに並べることがあった。趣味はガーデニングだった。



「僕の名はクレスト。……ああ、クレスト・モンクスフォードです。なにぶん貴族になって日が浅いもので、度々無礼を働くやもしれませんが、何卒よろしくお願いします」



 クレスト殿は紫色の髪を短く切り揃えており、プラナス嬢より頭ひとつ高い身長から彼女を黒い瞳に映していた。御伽話に出てくるような、絵に描いたような騎士の青年だったという。



「ええと、やはり晴れが好きですかね。気分が上がりますし……そのような話は会話に困った時にするのでは?」



 そしてやはりというか生真面目な性格で、プラナス嬢の呆気に取られるような言葉にも誠実に返していった。趣味と呼べるものは鍛錬などしかなく、ここでも面白みのない男だった。


 2人は早くに打ち解けて、しかしそれは友人関係という意味で、婚約者の自覚が出るのには少し時間が必要だった。


 数度の交流、幾度のデートを通していくにつれて仲は深まっていき、その日はモンクスフォード家の鉱山を見学しに行っていた。


 そこで2人の世界は狂い出した。



「あら……クレス?」


「君は、ベル……?」



 クレストはその街で偶然、幼馴染の少女と出会ったのだ。


 クレストの父は騎士からの成り上がりで先日貴族になった故、その前は平民として家族と過ごしていた。


 互いにあだ名で呼び合ったベルアとはその時に出会っていたが、幼少期に遭った災害で離れ離れになった——という話をしていたら、ひとりの青年がおどけて告げた。



「なんて素晴らしい出会いだ! まさに運命!」



 その語り口に惹かれるように、街の人々はそれに賛同していった。


 賛同は賞賛に、賞賛は願望に変わっていき――



「クレスト様の妻がベルアだったらどれほど良かったのか」



 ――このような言葉が平然と並べられ、『そうだそうだ』とさも当然のように語られるようになる。



「ご、ごめんねクレス……えっと、街のみんな、こういう話に目ざといみたいで…………」


「……クレストさん」


「プラナス……怖がることは無い。僕が愛する妻は君1人なのだから」



 しかしクレストはそれに反発し、自分の意志を押し通すようにプラナス嬢との仲を街の人々に見せつけていった。


 街に行く日は必ずプラナスを傍に寄せて、手を繋ぎ、瞳を合わせ、言葉を交わしていく……それが『彼ら』にとって酷く苛立つようなものだったのだろう。


 ――プラナスは魔女と中傷されるようになった。


 最初は陰口だったそれも過激化していき、そのうち自分たちの住む街すら穢れたその話題で持ち切りになっていく。綺麗だった景観は薄汚れた諍いに巻き込まれて台無しだった。


 自分でも意味が分からなかった。


 何故だ? どうして自分らの思い通りにならなかったがために人を貶める方向に傾くんだ?


 新聞社もそれを記事にするほどで、フローリー伯爵家とモンクスフォード男爵家を始めとして様々な貴族がその撲滅に動いた……が、その他の貴族はその風評を信じてしまっているのか、こちらの言い分を跳ねのけてプラナスの迫害を続けていった。



「何故……どうして自分とはまったく無関係の人間の不幸を願えるんだ……!」



 フローリー伯爵――つまりプラナスの父親は僕を含めた会議の中でそう呟いた。疲弊して悲痛な表情で机に突っ伏していた。


 市民は暴徒化していき、屋敷の窓を割る者などで逮捕者が何人も出ても止まらなかった。


 プラナスはひどくやつれていった。


 綺麗な銀色の髪もくすんでボサボサになっていき、煌めていた瞳も今や焦点の合わない。ずっと何かに怯えていて、傍にいて支えていてもその痛々しさにこちらも吐き気を催すほどだった。


 しかしそれでも僕は彼女の傍に居た。政略結婚だなんだはどうだっていい。


 僕は彼女を愛していて、彼女の支えになれるのならば、僕はなんだって捧げる覚悟にあった。











 ――数日して、プラナスは自死した。


 自分の髪を切り、その髪で首を括って窒息死していた。


 世間は『笑える死に様』『魔女に相応しい末路』『ざまぁみろ』と彼女のことを嘲り、嗤ってた。


 そうして僕と彼女は婚約を破棄し、見事ベルアとの恋仲が成立するのだった。





















 ――さあ。これで昔話は終わりだ。


 ヨウ、僕の言いたいことはこれではっきりしただろう?


 何も僕はあの時、僕とベルアの仲のことを野次った君のことを追い詰めたくて君を捕らえた訳じゃない。君だってまさかあの発言のせいでプラナスが殺されることになるなんて思ってもみなかったはずだ。だから君は悪くない。


 そう……君は悪くない。だけど僕は君を、君たちを亡き者にする。


 それが彼女の夫として選ばれた僕の使命だと思っているからだ。


 最期に……とある事実を教えよう。


 ベルアは君のことが好きだったそうだ。君が僕と君の恋仲を野次った時、ひどくショックを受けていて、死の間際もそのことを悲しんでいたよ。


 そして君の告げた質問に答えよう。


 『どうしてこんなことを続けるのか』だったね。


 簡単だ――






 『彼女の人生が悲劇になるまで』だ。











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