07 変革の予感

「深手を与え、飛龍ワイバーンを留めてくれたのは、君だ」

「首を取り、とどめを刺したのはギブソン男爵ではないですか」


 一通りの被害状況を確かめて、揉めたのは『飛龍殺しワイバーン・スレイヤー』の選定だった。

 取り逃がす形で山から逃れられ、あわや領地に被害を与えかけた事をギブソン男爵は恥じ入って、その誉れをボビィに譲ろうとする。だが、ボビィとしても押し止めるのがやっとで、男爵の一太刀が無ければ、どうなっていたか解らない。


「討伐隊としての対面もあるでしょう。ここは、とどめを刺した男爵の誉れとしておいた方が穏便に収まるのではないですか?」


 大人なディーゼルの執り成しで、ようやく同意を得た。

 歩兵隊を待てず状況確認のために、魔導甲冑の一機が連れてきた総大将グラウス伯爵の慌て振りを見ても、それで正解だったろう。

 山狩りで取り逃がした上、逃した飛龍が領地に被害を与えてしまったのでは、面目は丸潰れなのだから……。


「それでも、ミスター・ボビィの功績は見逃せません」


 との、ギブソン男爵の申し入れにより、素材として最も価値の高いワイバーンの羽根の被膜を贈られたのは誇らしい。

 尤も、そんな話し合いにボビィが呼ばれるはずもない。

 返り血で染まった魔導甲冑の水洗いを眺めながら、子供たちだけで野外のお茶会をしていただけだ。


「……本当に魔導甲冑で空を飛びましたね」

「ランセット家のおかげで、着地もこなせそうだよ。問題は、大地を離れる分の豊穣神様の加護の薄さかな」

「それは、ボビィがもっと信心深くなる必要が有るんじゃない?」


 エステルに痛い所を突かれて、口をへの字にする。

 勉強もそうだが、神殿も苦手。

 その可能性が高いだけに、頭の痛い所だけれど。


「クリアベルにそこまでやられると、『十二姉妹の防人さきもり』ボイル家としても、考えなきゃいけないよなぁ」


 眉間に皺を寄せて、クレイグが睨んでくる。

 その肩を小突いて笑った。


「ボイル家とクリアベル家では、魔導甲冑の数からして違うだろう? 数の少ない分、工夫しなきゃならないだけさ」

「僕のも空を飛べるようにしたいです」

「ジョンはまず、自在に動かせるようにならなくちゃ」


 珍しく、ボビィたちのお茶会に混ぜてもらっているジョンが膨れる。

 館の方は戦後処理の会議と、戻って来た兵士たちでごった返して、えらい騒ぎだ。子供たちは、こうして外に出してお茶会でもさせている方が平和で良い。

 有能メイドたちの隔離の目的もあって、必要以上に使用人の数が増えている。

 戦後処理にもクリアベルだけでなく、図らずも4家の当主が集まってしまったのだ。失態のあったグラウス伯爵も肩身の狭い所だろう。


「その『防人』役も、じきに要らなくなるのかも知れないわ」

「何だよ、エステル。……その言い方は」


 エステルの言葉に、いつもは軽いクレイグも唇を尖らせる。

 それを気にすることもなく、エステルは言葉を紡いだ。


「ウチの父が耳に挟んだのだけど、近々『聖女様の大遠征』があるらしいのよ」

「嘘だろ? 前の大遠征なんて100年以上前じゃないか……」

「今は豊穣神神殿に、聖女様が現れているもの。本当に実施されるとなれば、魔物たちの住処は北の半島までに圧迫されることになる。クリアベルや、ウチのクラムドールはもちろん、ボイル家の領地も魔物の住処と隣接する事が無くなるはず」

「マジかよ……。魔物への備えが要らなくなるのは助かるけど、ボイル家のアイデンティティが無くなっちまうぜ」


 驚いて見開かれたクラリスの、紅玉の瞳に映るボビィの顔も似たようなものだろう。


『聖女様の大遠征』は、文字通り聖女様の御旗の元に大軍勢を集めて、今は魔物たちの世界となっている大陸の土地を、人族の手に取り戻そうという壮大な計画だ。

 クリアベルの領地が、ちょうど魔物の世界と、王国の領地の両方に隣接する形になっており、山を挟むクリアベル、湖を挟むクラムドール、森と共に接するボイルの3家だけが『十二姉妹』の中で、魔物領と接している。

 魔物の不安が無くなるのは大きいけど……。


「それだけ、王家に対する『十二姉妹』の重要度も落ちるということか……」

「ええ……それも、私達の世代で」

「……爵位が無いと、中央議会にも参加できないのですよね?」


 クラリスの言葉をエステルが肯定する。

『十二姉妹』の一番の弱みは、誰も爵位を得ていないことだ。

 議会に参加できなければ、『十二姉妹』の知らぬ所で、勝手に不利法律を作られかねない。傍聴できても、あくまでもオブザーバーであって発言権はない。

 これまでは、対魔物の最前線にいたからこその厚遇だったが……。


「モートラック伯爵様の守護は、変わらないのでしょうか?」

「今は友好関係を保っているけど、先は解らない……アテに出来ると良いけど」


 ジョンの希望を肯定も、否定もできない。

 クリアベル家と隣接する王家の貴族、モートラック伯爵が『十二姉妹』の守護者のようなものだ。それも、立場が違ってくると、どうなるのかは解らないだろう。

 父親たちに言えば、『それは大人の考えることだ』と言われてしまうに決まってるけど、変化が現れるのは次世代……恐らく自分たちの世代だ。


「もう一つの希望は、『十二姉妹』に爵位を得る者が出ること」

「爵位なんて、そんなに簡単に貰えるものか?」

「私や、クラリスでは無理。……でも、クレイグやボビィになら可能性はある」

「エステル…… あなたはボビィを大遠征に参加させるつもり?」


 真剣な顔で、二人の令嬢が睨み合う。

 一人は『十二姉妹』全体を思って。もう一人は、ボビィ個人を想って。

 クレイグがむくれているが、これはクラリスの意志。諦めてもらうしか無い。


「大遠征の檄が飛べば、普通ならボイル家の魔導騎士団や、ウチの戦闘艦隊で対応するのだけれど……今回ばかりは参加したことが目的でなく、爵位を得てこそだと思うの。それだけの力と、立場がないと……」

「昨日の飛龍戦を見ても、ボビィは力のある魔導騎士だと思うわ。でも……」


 言葉にしなくても、クラリスの想いは潤んだ眼差しで解ってしまう。

 この内気な少女が、いつから想い決めていたのかは、解らない。でも、どれだけの覚悟で今回クリアベル家を訪問したのかは、らしくない振る舞いからも窺い知れた。

 だからと言って……彼女をはっきりと選ぶ自信をボビィは持てない。

 まだ、未来を決められない。


「本当に大遠征が有るのかは、まだ解らないけど……。行われるなら、僕は参加したいと父に申し出るつもりだよ。……セイシェル姉さんも、加わりたがるだろうし」


 最後は冗談のつもりで言ってみたけど、誰も笑ってはくれなかった。

 子供たちのお茶会がお開きになる頃に、討伐隊の後交渉が終わったらしい。

 グラウス伯爵は祝勝会をすることもなく、討ち取った飛龍の首を掲げるように帰路へ着いた。

 それ以外の飛龍の素材は、すべてクリアベル家の取り分と決まった。その代価だけで、初日の大宴会の費用にお釣りが来る勘定だ。

『飛龍殺し』の栄誉を得たギブソン男爵とは、もう一度面談の機会があって、握手で称えられた。

 4家の令嬢、令息たちも、胸に暗いものを抱えたままで帰路についた。

 クラリス・ランセットの腰の細さと、涙に濡れた頬の柔らかさを知ったボビィだが、それ以上はまだ、応える術を持たなかった。

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