06 飛龍を討つ者
「ボビィ、あなたはどちらを選ぶつもりでいるの?」
朝食の席上、母に尋ねられて首を傾げる。
昨日は
いろいろと邪推をされがちな展開であるが……ボビィは閉口してベーコンを口に運んだ。
「そんなんじゃないって。……クラリスは特殊合金を使用した魔導甲冑に興味があるだけだし、エステルは
「まったく……あなたは……」
呑気な次男の言に、母は額に手をやって、俯いた顔を左右に振る。
母と違って溜息を隠さず、三男のジョンが呆れた。
「それなりの覚悟で、宿泊の用意までしていらしたはずの、あの二人が可哀想になってきます。肝心の兄様がこれでは……」
「迷うならともかく……その気も無さそうなのが、いかにもボビィだが……」
兄のデヴィットも肩を竦めた。
自分はもう『十二姉妹の食料庫』と言われる大穀倉地帯を持つ、オーツランド家の長女と婚約を決めて、この手の話題から開放されているからいい気なものだ。
「たまたま事件と、発注が重なっただけじゃないか?」
「そんな危険な状況の場所へ、掌中の珠の令嬢を遊びにやろうという家がありますか? あなたが誘って訪れたレディ・ランセットに、出し抜かれた形のレディ・クラムドールが慌てて挽回に来たに決まっているでしょう?」
「……そうなの?」
「決まっているでしょう。まったく、この子は……」
呆れ顔の妻を宥めるように、ナプキンで口を拭った家長エドウィンが話題を閉めた。
「急かしても仕方がない。……だが、ボビィ。クラリス嬢も、エステル嬢も、タイプこそ違え良いお嬢さん方だ。他に想う相手がいるというのでなければ、きちんとそういう相手として向き合わねば失礼になる。それだけは、心しておけ」
「……はい」
そういう言われ方をしては、納得せざるを得ない。
華麗に咲き誇る大輪の薔薇のようなエステルと、控えめに咲く可憐な小花のようなクラリス。なんだかんだで同世代の御令嬢でも人気の二人なのだ。
(合わせて花束にすると、凄く映えそうなのにな……)
何て思ってしまうのは、子供じみているだろうか。
各家持ち回りで行われている、社交の練習のパーティーだって、いずれの婚姻の相手探しの一環であることくらいは解っている。
ただ、まだ女性を選ぶことに熱心になれないだけだ。
その時、更に状況をカオスにする報告が家令より合った。
「ボイル家次男のクレイグ・ボイル様が援助物資と共にご来訪です」
☆★☆
「材質が違うせいか、上半身と下半身の色の違いが目立つなぁ」
トレーラーからリフトアップされた魔導甲冑『レグルス』を見上げて、クレイグが呑気な口調で呟いた。
牧場地を背にした草原。
本格的な飛龍討伐が始まる為、万が一に備えて守りに着いた。
まだ上手に動けないものの、ジョンの機体も並んで立たせてある。
「本当に、魔導甲冑が空を飛んでいるのですね……」
遠眼鏡で山の空を覗いているクラリスが目を丸くした。肉眼では小さな点だが、遠眼鏡を使うとはっきりと形が見える距離だ。
ディーゼルが遠慮がちに、禿頭を撫でながら尋ねる。
「あの……御令嬢方はここではなく館の方でお待ちの方が良いのではないですか?」
「館では、飛龍討伐の様子が解らないではありませんか」
同じく遠眼鏡を覗き込んで、エステルが頬を膨らませる。
屋敷でのんびりと構えている父親たちも、娘の目的は理解しているのだろう。敢えて、何も言わずにわがままを許しているようだ。
二人の鉢合わせで、もはや命懸けの意地の張り合いになってしまっていた。
「でも、女の子が増えると華やかでいいわ」
万が一の際に必要と、控えているボビィの姉セイシェル司祭は呑気なものだ。
二人の少女の意地の張り合いを楽しんでいる。
「飛龍って、ドラゴンとどう違うのかしら?」
「えーっと確か、前足の有無……だったはず?」
「……エステルの言う通り、四肢があって羽根があるのがドラゴンで、前足が翼になっているのが飛龍です。ドラゴンの亜種のように見えるけど、別の生き物だと父が言ってました」
「手がない分、攻撃がゆるいとか?」
「大きさも最大で20メートルくらいだとか」
「詳しいのね、レディ・ランセット」
「ボビィ用にパーツを作った機体で戦う相手のことですから……」
ほんのりと頬を染め、エステルの眉を吊り上げさせる。
そのエステルに取り入るように、クレイグが割り込んだ。
「いざとなれば、俺も守りますから!」
「あら、魔導甲冑も持たずに飛龍からどう守ってくださるの?」
クレイグの必死のアピールも、エステルに鼻であしらわれてしまう。
風も穏やかで、絶好のピクニック日和だ。
まだ飛龍は対岸の火事と、のんびりお茶を楽しんでいられる。
一人ボビィだけは小さく魔導甲冑を動作させ、御令嬢方を他所にリリスと話し込む。
「動作には問題ないよ。相変わらずじゃじゃ馬になったけど……」
「機体に問題があるはずがないわ。あるとしたら乗り手の体。お嬢様方の前で、魔導甲冑酔いの醜態は晒さないでね」
「ヘルメットも固定されたし、少しはコクピットの揺れ対策をしてくれたみたいだから。本気で振り回さない限りは、大丈夫そう」
「それは軍隊が帰った後の話だね……」
「これは内緒の機体だから」
山の方に見える三機の魔導甲冑は、まだ戦闘態勢に入っていない。
飛龍を発見できていないのだろう。
変わらぬ状況に、目線を御令嬢型に移す。今朝、あんな事を言われたから、どうしても意識してしまう。
今日はクレイグが混じっているだけに、クラリスが昨日のような大胆に胸の空いたドレスでないことに、ちょっと安心してしまう。薄い胸元がすっかり覗けてしまいそうで、ドギマギさせられたっけ。
あれもアピールなんだとしたら、大成功だろう。
ボビィだって、思春期男子だ。そういう方面の興味がないわけではない。泡を食って目を逸らさなければ、すっかり見えてしまったかも知れない。
そう思うと、もったいない事をしたと悔やんでしまうくらいには男の子だ。
嫌でも、クラリスが女子であることを意識させられた。
エステルはエステルで、抜け駆けに近いクラリスを非難するわけでもなく、堂々と自分の魅力をアピールしている。
クラリスの胸元に視線が行っていても、まったく意にも介さずに許してくれると言うか。
そんな度量の大きさに、安心できるのも確かなのだ。
とはいえ、胸元だけでなく、チラリと技術者の顔を見せてくれたクラリスとは、意外に話が合うことを再確認したばかりだし……。
ボビィにとっては、飛龍以上に頭の痛い問題だ。
「兄様っ! 山の反対側……あれって……!」
討伐隊と反対の峰を迂回するように、翼を持った影が見えた。
飛龍……討伐隊に追われてきたか?
「ジョンは盾で、みんなを守れ! 潰さないように気をつけるんだぞ。そして、姉さん!」
「解ってます。あなたも無理はしないようにね」
セイシェルの祈りに応えて、ボビィも持つ剣の刀身が金色の輝きを纏う。
その飛来する影に合わせて、魔導甲冑の立ち位置をずらした。
「腹を減らして、牧場の牛を狙いに来たか? この位置なら、みんなに被害は出ない。思い切りやらせてもらうよ!」
実験はしていないが、ディーゼルの強度計算とリリスのルーン技術を信じるしか無い。
山にいた軍の魔導甲冑もこちらに移動しているが、『浮遊』と『飛行』のスピード差は如何ともしがたく、とても間に合いそうにない。
(僕が……やるしか無いのか!)
飛龍の姿はどんどん大きくなってくる。
その赤褐色の肌すら、はっきりと解った。
「ボビィ、タイミングだけ間違うなよ。慌て過ぎず、ビビり過ぎずだ」
「簡単に言ってくれるよ、ディーゼルは。今日、初めて動かしたってのに……」
「着地を強化しただけだ。……飛び出しは一緒だろう」
「確信が無いのかよ?」
「そっちはリリスの仕事だからな。その分、信じろ」
「しょうがないな!」
魔石を握る掌に汗が滲む。……汗ばんだ掌って、魔石の魔力伝導に影響したっけ?
飛竜の翼は羽ばたきをやめ、滑空に入った。
その目には、牧場の牛たちしか写っていないのだろう。
「なめるなぁっ!」
一瞬のタイミングの遅れに、冷たい汗が噴き出す。
だが、ジャンプのルーンも、更に手が加えられていたらしい。補って余りある加速で、飛び込んでくる飛龍と重なる。
振り抜いた剣は、飛竜の左の翼の付け根に入った。
豊穣神様の破邪の加護の光は、一気に飛龍の身体を切り裂く。
だが、空にいるせいなのか、途中でその輝きは失われ、腹を斬り裂く途中で剣が押し留められてしまった。
「うわぁぁっ!」
赤い血を噴き出し、半分斬り裂かれた飛龍が落下する。剣が抜けぬまま、巻き込まれるようにボビィの魔導甲冑も落下した。
牧場の柵までは、あと数百メートルある。
なおも餌を食おうとする飛龍の巨体を、返り血に染まった魔導甲冑が膝をつき、食い止める。もうボビィには、飛龍を攻撃する術はない。
跳ね飛ばされた剣は、どこに落ちているのやら。
どちらが先に力尽きるかだ。
「そのまま抑えていろ、少年!」
怒号と共に、天から飛び込んできた紫の魔導甲冑の剣が、飛龍の首を跳ねた。
ようやくボビィのレグルスに押し倒されるように、仰向けに飛龍が倒れた。
「牧場は無事か……それに、今のはギブソン男爵の……」
ボビィはセーフティ・バーを上げ、体中の息を吐き出してシートに身を預けた。
牧場の牛たちが、呪縛から解かれたように柵を離れて牛舎に駆ける。次の放牧地が一つ、散々なことになってしまったが、これくらいの被害ならマシな方か……。
「よくも飛龍を取り押さえてくれた、ボビィ君。感謝する」
「首を一刀両断なんて、流石です……ギブソン男爵」
コクピットを開き、サムアップを交わす。
何だか、一端の魔導甲冑乗りとして、認められた気分だ。
「今までは、比べる相手がいなかったからな……」
続々と領民たちが、魔導甲冑が集まってくる。
飛龍の後片付けが大変そうだ。……当分はまだ、降りることは出来そうにない。
遠くで見守る御令嬢方に、ボビィは手を降って無事を伝えた。
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