05 王都の軍隊

「そう……そのまま魔石を握って、歩く姿を思い浮かべるんだ」

「えっと……こんな具合?」


 通信石越しの会話の後、鉄色の巨大な甲冑がよろよろと歩き始める。

 その様子に、ディーゼルも、リリスも、親指を上げた拳を突き出した。

 先に届いた汎用部品の上半身と合わせ、組み上げた新たな機体での第一歩に、ボビィは弟を祝福した。こんな動きでは魔物とは戦えないが、それはまだまだ先のことだ。

 動かせると言うだけで、才能を認められる。

 この先は、本人の努力次第だ。


「二号機は、本人の希望もあって『リゲル』という名にした」

「うん、悪くないね。魔導甲冑は、数が多い方が戦いが楽になる」

「後は、ボビィの機体の部品がいつ来るのかだよ……」

「クラリスは急いでくれると言っていたから、そんなにかからないとは思うんだけど……」

「飛龍狩りには、微妙なところか?」

「王都の軍が、いつ来るか次第だけどね」


 出陣要請は認められたそうだけど……編成に時間がかかるからと、一週間経っても音沙汰がない。飛龍が街に降りてきたら、どうするつもりなんだか。

 今の所は山の奥深くにいるらしく、頻繁に目撃情報があるわけでもない。

 ただ、そこにいいるのが解っているだけに、餌が途切れた時が問題なのだ。巨体を維持するための大食いに、いつまでも山が応えられるわけでもない。冬眠明けの動物たちも、とんでもないのがいると解れば、用心深くもなろう。


「兄様、魔導甲冑が空を飛んでいます」


 視線の高いコクピットのジョンが見つけ、魔導甲冑の指差す方向を見る。

 目を凝らすと紫色の魔導甲冑が三機、空に浮いている。

 その足元に、王家の紋章と指揮する貴族の家紋の二振りの旗が見えてくる。その旗のもとに騎乗の兵の隊列が続く。

 ようやく、王都の軍が到着したのだ。

 魔導甲冑を見つけたのだろう。隊長機らしい、紋章入りの盾を持った魔導甲冑が降りてきた。コクピットが開いて、引き締まった体つきの青年が立った。


「私は王都魔導騎士団第十二小隊隊長のマーベリック・ギブソン。爵位は男爵です。クリアベル家の方とお見受けしました」

「この中では僕が一番の高位となります。クリアベル家の次男スペアのボビィ・クリアベルト申します。魔導甲冑の中にいるのは、弟のジョン。現在は弟の魔導甲冑の練習中です」

「なかなか筋が良い。将来が楽しみだ。魔導甲冑を見つけたので、まずはご挨拶に伺いました」

「お気遣いを感謝します。クリアベルの館までご案内致しましょうか?」

「それには及びません。我々は空から見える故、道案内は不要です。練習を続けて下さい。……練習時間を取るのも難しいでしょう」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


 再び、ギブソン男爵の魔導甲冑が浮かび上がってゆく。

 額に手を翳して、それを見ていたディーゼルが唇を歪めた。


「なるほど、リリスが魔導甲冑を飛ばしたがるわけが解るってもんだ。空中を移動できれば便利極まりないな」

「私が作ろうとしているのは、真逆のスタイルだけど……。部品がまだで良かった。王都の軍がいる間は、飛行練習はできないものね」

「ああ……目ぇつけられちまうぜ」

「部品が入ってきたら、組むだけ組んでくれ無いと困る。練習はできなくても、いざという時に動かせる機体が無くっちゃ」


 父娘の会話に割って入って、要望は主張しておく。

 最悪はジョン用のリゲルを動かすことになるが、自分の機体でなければ、満足できる動作にならないのだから。


「解っているって。……しかし、腕の立ちそうな騎士だったな」

「飛龍退治に来る騎士だからね。それだけでも名誉なのだから、あの男爵様なら、もっと早く来そうなものなのに」

「あの騎士が総大将ってわけでもないだろう。歩兵を連れた連中こそが、問題だ……」



       ☆★☆



 ディーゼルの予想通りに、総大将に任命されて歩兵三中隊、弓兵三中隊、騎馬二中隊、魔導騎士一小隊を引き連れてきたグラウス伯爵こそが曲者だった。

 カイゼル髭を撫でつけ、モノクルを煌めかせた伯爵は、いきなり、全ての兵を対象にした歓迎の宴を求めてきたのだ。

 酒に食料……どれだけ準備をせねばならないのか。

 軍の出動を要請した手前、無下にすることも出来ない。

 家令のジェイナスがこめかみを痙攣させている。軍の到着前に、魔導甲冑の部品を発注しておいて正解だ。


「セイシェルが出家していなかったら、酌婦扱いされてるぜ……こりゃあ」


 乱痴気騒ぎを眺めて、ディーゼルが顔を顰めた。

 今夜は英気を養い、明朝出立して飛龍退治をするんだそうな。

 メイドたちにちょっかいを出されないかどうか、心配で堪らない。酒を呑まずにいるのは、三人の魔導騎士たちだけだろう。

 一度酷い目に遭っているだけに、空を飛ぶ魔導甲冑の騎士の振り回され方は想像できる。とてもじゃないが、二日酔いではまともに戦えないだろう。

 歩兵や、弓兵はどうなのか? とも思うが、その辺りは心根の違いか。

 それだけでも、ギブソン男爵以下の三機への信頼は高まる。

 人目を避けるようにして、メイドのルチアが小走りにやって来た。


「ランセット家から、連絡が入りました。明日の午後、魔導甲冑の部品を納品いただけるそうです」


 ディーゼルとハイタッチだ。

 リリスは厄介事に巻き込まれないよう、本館の奥に隠している。あれでなかなかの器量良しだから。

 伝言だけ聞いたら、ルチアも見つからぬように屋敷の中に逃がす。

 有能なルームメイドを酌婦扱いされて……それどころか娼婦代わりにされては困る。軍の出動を依頼した手前、ある程度の悪行には、目を瞑らなければならない弱みもあるのだから、有能な使用人は隠しておくべきだ。

 女っ気無しともいかないので、洗濯メイドなど、交換の効く端女に給仕をさせている。

 めったにない華やかな仕事に、彼女らは目を輝かせているし、兵たちも比較的若い娘たちで満足している。

 その後の場の乱れは、早めに寝室に追いやられてしまう子どものボビィが知るはずもないことだ。


 翌日早朝、二日酔いで顔色の悪い伯爵様たちの一軍は、それでも飛龍討伐に動き出した。


「あれで、役に立つのかねぇ?」

「さあな……山に着く頃には、二日酔いも抜けるだろうよ」


 吐き捨てるように言う侍従たちの会話で、心象の良し悪しが解ってしまう。

 討ち取ったら、討ち取ったで祝勝会をやらなければならないのだから、使用人たちも頭が痛いのだろう。

『十二姉妹』の他家に、援助を依頼する使いが走ったらしい。やれやれ……。


 そんな中の来客は、使用人たちには困惑だろう。

 だが、ボビィには待ってましたのランセット家の荷車だ。白いコットンのドレスに日傘をさしたクラリスが同行してるのには、驚いてしまう。だが


「お誘い、ありがとうございます」


 と挨拶されて、ダンスついでに誘ったことを思い出した。

 パーティーすらめったに主催しようとしないボビィの珍しい行動に、母や兄が沸き立つが。勘違いしないで欲しい。言葉の綾というものだ。

 もちろん御令嬢一人ではなく、特殊合金の魔導甲冑部品に興味津々の彼女の父親、ディック・ランセット氏も一緒だから、始末が悪い。

 周囲の思惑はどこ吹く風と、儚げな御令嬢は熱心に魔導甲冑の組み立てを見学している。

 見かけによらず魔導甲冑が好きらしく、ルーンを刻むリリスと談笑しながら。


「これを父から預かってまいりました。セフティーバーに取り付けて、ヘルメットを押さえれば、少しは乗り手の負担が減るだろうと」


 侍女に持たせていた包みを渡すと、リリスはそのクッション付きの金具を父親に渡した。

 確かに、ヘルメットを抑えてくれると、首の負担がだいぶ少なくなる。ありがたい。


「さすがランセット家ですね。気配りが行き届いてる」

「魔導甲冑が空を飛んで、着地で分解したと伺いましたので……ひょっとしてと」


 花のように微笑む、控えめな御令嬢の意外な一面というやつだ。

 ほんの僅かな会話で、そんな所まで考えていたのか。

 見た目と違い、そこはランセット家の血筋で技術者肌なのかも知れない。


「素人考えでしたので、お役に立てるかどうか……」


 はにかみながらも、ルーンを刻むリリスの手元を覗き込む。

 少女の定番ジュエリー、深紅の珊瑚玉を連ねたネックレスが揺れた。襟ぐりの広いドレスの胸元が撓み、珊瑚玉越しに白い肌が広がる。

 コルセットの白いレースのカップも浮いてしまい、控えめな胸の膨らみがすっかり覗けてしまいそうになって、ボビィは慌てて目を逸らした。

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