04 十二姉妹

「ボビィ様……きゃあっ!」


 部屋へ駆け込んできたメイドのルチアが、スカートを抑えて悲鳴を上げた。

 だが、それは濡れ衣だ。

 主たるボビイの顔は、床の上で仰向けに逆さになって入るが、背を反らせて絨毯の上でブリッジをしているためだ。


「一体何をなさっているのです?」

「首を鍛えているのさ。あの機体では、もっと鍛えないと首が保たないよ」

「まだあの魔導甲冑まどうかっちゅうに乗るつもりなのですか? この間バラバラになってましたし、今度こそ、怪我をなさいますよ?」

「大丈夫だよ。今度はディーゼルが、頑丈に仕上げてくれるはずだから」

「それはそれで、乗り手に負担がかかる気がしますけど……?」

「だから、こうして鍛えているんだろう?」


 ボビィは両手を組んだままブリッジをして、頭を左右に動かしている。

 首が太くなると、シャツを仕立て直す必要がありそうだ。あとでメイド長のメアリーに報告しなければ……。

 運動を続けながら、ボビィが尋ねる。


「珍しく慌てていたようだけど、何かあったのかい?」

「あ……そうでした。山で飛龍ワイバーンが確認されたそうです。牧場や畑に降りてくる可能性があるから、注意をするようにと」

「まいったな。魔導甲冑はまだ、部品調達中だよ……。で、王都の方には?」

「早馬を出して、軍の出動を要請するそうです。先程、使いが出ました」

「夜通し駆けて、明日の昼前に到着っていう所か……すぐに軍は動かないだろうから、早くて4日後。まずは1週間後と見ても、間に合わないよな」


 ブリッジを中止して、カーペットに胡座をかく。

 3日後には、ジョンの為のレグルス用パーツが届いて、翌日組み上がる。

 最悪はそれを使うにしても、飛龍相手では力不足だ。強化型パーツはいつ届くのだろう?

 そんなボビィを、腕組みしてルチアが睨めつける。


「先のことより、眼の前のことに集中して下さいませ」

「眼の前のこと? 何かあったっけ?」

「クラムドール家のご招待で、ダンスパーティーのご予定ですよ。急いで支度をしないと間に合いません」

「そんな貴族の真似事をしなくてもいいのに……」

「社交の練習は大事ですよ。それに、クリアベル家もこのあたりの地方領主同様に爵位こそ有りませんが、私から見れば貴族も同然です」

「まあ……その爵位の有無で、王都での扱いが全然違うんだけど」


 身分制度の絶対感は、実際に遭遇してみないと解るまい。

 貴族同然と貴族との間には、歴然とした差があるのだ。

 それだけに、社交が大事というのは解るのだけれど……まあ、面倒くさい。

 追い立てられるように正装に着替えさせられ、社交を指導する家庭教師ガヴァナスのエドナと二人、馬車に押し込まれた。

 無口で、それでいて細々と目を光らせている初老の婦人との間に、あまり会話はない。

 帰りの馬車なら、山程のお小言で馬車の中が埋め尽くされるのだろうけど。


「クリアベル家の次男、ミスター・ボビィ・クリアベル……ご到着です」


 執事の紹介の声とともに、ボールルームに入る。

 会場には、十数人の同世代の少年少女が既に集まっていた。『十二姉妹トゥエルヴ・シスターズ』と呼ばれる、クリアベル家同様12家の地方領主の連盟。その御子息、御令嬢方だ。

 弟のジョンは世代が違うので、今日は招かれていない。


「ようこそ、ミスター・クリアベル。お家の方は何やら騒がしいみたいですけど、楽しく過ごして下さいませ」

「ありがとうございます、ミス・クラムドール。さすがにお耳が早いですね」


 主賓である、エステル・クラムドールが近づき挨拶を交わす。

 社交辞令を済ませれば、すぐに内緒話の情報交換となった。隣接するクラムドール家としては、無視できぬ情報だろう。


「ボビィ、本当なの? 飛龍が出たって」

「残念ながら本当だよ、エステル。早馬を出して、王都からの軍の出動を依頼している」

「クラムドール領にまで、被害は及ばないでしょうね?」

「安心してよ。ウチの牧場の牛が食べ尽くされる前には、ケリをつけるから」


 美しい青い瞳が、半信半疑とボビィを見つめる。

『十二姉妹』の間で、婚姻による連携の強化が言われるだけに、隣家のエステルなどは、ボビィからすれば、将来の嫁候補の一番手だろう。

 他の候補は、あまりクリアベル家と血の混じりの少ないランセット家のクラリスとか、マッカラン家のアナベルとか……。稼ぎの良いクリアベル家の息子としては、次男でも選り取り見取りな所がある。

 一目惚れ……なんてことが無かった時点で、誰と共に歩む未来も、思い描けはしないのだけれど。

 ワインを炭酸水で割った飲み物を片手に、スコーンやカナッペ等の置かれたテーブルの輪に加わる。いきなり肩を抱き込んでくるのは、ボイル家の次男のクレイグだ。


「飛龍が出たんだって? 俺も呼んでくれよ。二人で『ワイバーン・スレイヤー』の称号を手に入れようじゃないか」

「親父さんの許可は出てるのかい? 王都から軍を手配してもらうらしいから、僕だって万が一の為に牧場の守りに着くだけだって言われているのに」

「そりゃあ、まだだけどよ……」

「僕はともかく、セイシェル姉さんや整備係など、一緒に前戦に出なければならない人間の安全最優先だってさ。……戦わせてももらえない」

「何のための魔導甲冑なんだって話だよな?」


 とりあえずは、笑ってやり過ごす。

 父さんたちからすれば、土地を守るための武器であって、魔物討伐の為に準備しているわけではないだろう。乗り手は、そこにこそ名誉を感じるのだけれど。

 魔物生息地と境界を接していない土地の子たちは、遠巻きにボビィ達を見ている。

 十二の小領地が、政治経済で寄り添い合って、互いの不備を補いつつ繁栄してるからこその『十二姉妹』だ。もちろん、荒事の得手、不得手はあるものだ。

 魔物たちと境界を接しているクリアベル家とボイル家には魔導甲冑があり、その間に大きな湖を有しているクラムドール家には戦闘艦隊が常備されているそうな。

 ……見せてもらったことはないけど。


 子供ながらに、今年不作そうな作物の予防線を張ったり、海産物の取れ高を知らべたりと世知辛い。さすが運命共同体の『十二姉妹』の未来を支える子らだ。

 きっと良い情報を持ち帰れば、お小遣いも弾んでもらえるのだろう。

 父親に褒められるだけで、多人数の兄弟姉妹を持つものは優位に立てる。

 家庭教師が見張っている手前、ボビィも流行りそうなものなどの誘いを入れておく。

 情報を得られれば良し。駄目でも、やり方のどこが拙かったのかを、滔々とお小言としていただくことができる。……涙が出るほど有り難い。


 頃合いを見て、演奏が始まる。

 まだ子どもと言われる年頃だから、舞踏会といっても夜通し踊ったりはしない。午後の一時ひととき、舞踏会の真似っ子をして将来の社交に慣れるのが目的。

 ダンスを申し込む権利を男子が有し、それを断る権利を女子が持つ。

 断られない相手を選ぶのも結構気を使うそうだが、『十二姉妹』の集まりで、クリアベル家の子供なら、まず断られることはない。

 とはいえ、今日は目的がある。

 ツンと澄ましている主催のエステルの横をすり抜けて、じわじわ壁際に逃げようとしているクラリスを捕まえて申し込む。

 逡巡する手を引いてしまえば、こっちのものだ。

 内気な少女を、ボールルームの中央に引っ張り出すことに成功した。

 背中から、とんでもなく突き刺さる視線を感じるが、まずは気にせずにおく。


「あの……レディ・クラムドールが睨んでいますけど……」

「エステルは次に誘うよ。ちょっと、レディ・ランセットにお伺いしたい事があって」

「クラリスで……構いません。あの……どんな事でしょう?」


 おどおどしているけど、ステップは素直で綺麗なんだよな。

 気を使いすぎる娘だけに、パートナーにきっちり合わせてくれるから踊りやすい。

 昼間の装束でハイネックのドレスだから良いけど、夜装だと薄い胸元が覗けるんじゃないかと噂するけしからん令息が少なくない。お淑やかな美少女だから、なおさらだ。


「今、ウチから魔導甲冑の部品が発注されてると思うんだけど……」

「はい……あの、特殊鋼製の……ものですか?」

「出来上がりはいつくらいになるんだろう? できれば、早めにお願いしたくて」


 クラリスの可憐さを見ると信じがたいが、ランセット家は『十二姉妹の溶鉱炉』と言われるくらいに、金属の採掘加工で有名な領地なのだ。あのランセット家から、なぜこの令嬢が出るかと、皆に不思議がられている。

 その儚げな美少女が、クスクスと楽しそうに笑う。


「あれって、魔導甲冑にはオーバースペックと言うか、みんなで『何故?』と不思議がってます。……楽しんじゃっているみたいで……かなり早めにできるはずです」

「大至急、作ってくれると助かる。飛龍対策の切り札だから」

「……ボビィの注文なのですか? 無茶をしたら怪我では済ませんよ?」

「ウチのルーン彫刻師のリリスが、過激に作ってくれたから。意地でも、それには乗れませんとは言えないだろう?」

「うふふ……見た目によらず、意地っ張りです」

「そりゃあ、そうさ。……魔導甲冑に空を飛ばせるための部品だから」


 クラリスの紅玉の瞳が、真ん丸に見開かれる。

 こんな表情を初めて見た。


「空飛ぶ魔導甲冑……見てみたいです」

「部品と一緒に遊びにおいでよ。飛龍に食べられちゃうかも知れないけど」

「まあ……」


 そこでワルツが一曲終わって、クラリスと離れる。

 くるりと振り向いた正面に、凄みのある笑みを浮かべて「誘いなさい」とばかりに、エステルがいた。

 しかたなく誘えば、エレガントな仕草で受けてくれる。

 機嫌が直ったかと安心していたら、一曲の間にここぞとばかりに5回、全体重をかけて足を踏まれた。

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