03 飛龍対策

「山に飛龍ワイバーンが出たって本当なの?」


 夕食の席でボビィ・クリアベルは家長である父、エドウィン・クリアベルに尋ねた。

 唇についたミノタウロスのコンフィのソースを拭い、父は眉を寄せる。


「まだ、未確認だ。もし噂が本当なら、王都に軍の派遣を要請する事になる。確認がされるまでは、民を騒がせるような態度は慎みなさい」

「はい……でも、もしもの時でも王都の軍を要請する前に、僕が魔導甲冑で……」

「おいおい、ボビィ……相手は空を飛ぶんだぞ?」


 呆れ顔で、兄のデヴィットが口を挟む。

 確かに魔導甲冑は空を飛べない。それでも


「魔導甲冑持ちの領地で、軍を要請するのって不名誉じゃないのかな、兄さん?」

「名誉の問題ではない」


 逸る次男を父親は、静かな口調で尋ねるように諭した。


「魔導甲冑を魔物退治に出すには、メンテナンスをするディーゼル父娘に、破邪の祈りを行う神官として、セイシェル……お前の姉も戦地に赴かねばならぬことを忘れるな。魔導甲冑の中にいるお前と違う。彼らを生身で戦地に立たせるのを、私は良しとはしない」

「僕が守ってみせるさ」

「無責任なことを言うものではない。万が一、お前の思い込みで人を死なせてしまった時、どう償うつもりだ」

「それは……」


 口籠る兄と、父の会話を三男のジョンが息を潜めて見ている。

 母のエレノアが、強張った空気を解すように涼やかに告げた。


「食事の席で、そんな話はもうたくさん。……多少の出費で済むのなら、王都の兵をお願いしましょう。領民の一人でも失うのは、大きな損出です」



       ☆★☆



「魔導甲冑って、空を飛べないものなのかなぁ?」

「はあっ? 何をいきなりわかんないこと言ってるの?」


 ルーンを刻むタガネを持つ手の甲で汗を拭い、リリスが呆れた。

 魔導甲冑の左腿はもう形を取り戻しており、ハンマーの打痕で潰れたルーンをリリスが改めて刻み直している所だ。

 子供の頃なら、領民の子どもたちと遊ぶことも出来たけど、いつの間にか身分の壁が出来上がってしまい、遊び相手なんてリリスくらいしかいない。

 思春期の性別の壁もちょっと意識するけれど、からかうようなのは、ディーゼルのおっさんくらいしかいないのだ。意識しなければ良いだけのこと。


「いや……山に飛龍が出たって噂だから」

「それか……気持ちは解るんだけどね」


 リリスは鋼の脚の中から出てきて、腰パーツ上のボビィの隣りに座った。

 微風に乗って少女の汗が香り、ドギっとしてしまう。


「クリアベル家の魔導甲冑は、大地母神様の護りの下にあるからね。地面を離れて、どれだけ力を出せるか」

「世の中には、天空神様に護られた魔導甲冑だって有るんだろう? そっちは飛べるのかな?」

「飛ぶって言うよりは、浮かぶって感じ……王都で一度だけ見たことが有るよ」

「そんなので、どうやって飛龍とかと戦うんだろう?」

「落ちる時にはスピードが出るから、それを利用して戦うみたい」


 微妙な顔をするボビィの肩を小突いて、リリスが笑った。


「イメージ違った? 世の中、当格好良くはいかないのよ」

「そうじゃないけど……落ちる途中より、ジャンプを強くした方が戦いやすくない?」

「どっちもどっちでしょ。飛龍のように、空を自由に飛び回るのは無理だもの」

「それで、良く飛龍を落とせるもんだ」

「地上から大きないしゆみで援護したりして、追い込みながら戦うのよ。単騎で挑む命知らずなんていないわよ」


 見透かされたようで、ボビィはそっぽを向く。

 勝手知ったる従姉弟はコロコロと笑った。そのうえで、ちらっと横目で餌を投げる。


「どこまで飛べるかわからないけど、ジャンプ強化のルーンを加えてみる? 万が一、こっちに飛龍が来たら困るもの」

「できるの?」


 わかりやすく身を乗り出した少年に、ニンマリと笑う。

 試してみたいのは、リリスだって同じだ。

 普通は華麗な戦いを旨とする魔導甲冑乗りは、限界を超える改造を試そうとはしない。

 子供っぽい、意地っ張りのパイロットがいてこそのお仕事になる。

 脚力のルーンと、飛び降りの際のブースターのルーンを強化して……。

 着地の際の衝撃吸収はハゲ親父の仕事だし、乗り心地がロデオどころではなくなるのは、パイロットの希望だから、知ったこっちゃないよね?

 ニヤニヤ笑いながら、頭の中でルーンを組み立てていく。

 やってしまって良いなら、過激に対応させてみたくなるのがルーン彫刻師のさがだから。


「リリスが怖い笑い方をしてるんだけど……」

「ん? 飛龍対応したいんでしょ? お望み通りに、やってあげるわ」

「……お手柔らかにお願いします」


 ルーンの改造が済んだのは、3日後だ。

 前日の雨も上がり、少し地面が泥濘んでいる。リリス曰く、着地の衝撃をやわらげるには、絶好の日和らしい。

 実りの森を抜け、前回の戦場近くにトレーラーを持ち込んだ。

 今日は剣を使うことはないから、神殿からセイシェルを呼ぶ必要はなく、ジェイナスも手が離せぬとかで、お茶係にルチアが着いて来ている。


「気をつけろよ、ボビィ。涼しい顔して、リリスが相当過激な事をしているっぽいからな」

「父親の教育が悪いんじゃない?」

「そうそう」

「お前らなぁ……」


 お気楽な少年少女に、ディーゼルが呆れた。

 リフトアップされた魔導甲冑『レグルス』は、泥濘んだ草地に足を滑らせながら、見物の人間から距離を取る。


「なんだか、操作性が悪くなってないか?」

「額の宝玉ジェムを、豊穣神様のトパーズから天空神様のサファイアに変えたから。ジェムとマギ・エーテルがしっくり来てないだけよ」

「神様変えちゃって、大丈夫なのかい?」

「地上のくびきから逃れようっていう人が、何を言ってるの! ボビィの望む空は、天空神様の管轄じゃない」

「それは、そうだけど……」

「まずは試す! 跳んでみなさいよ」

「おうっ! いくぜっ……うわぁっ!」


 予想もしていなかった砲弾のような速度で、白銀の魔導甲冑が空に上った。


(屋敷の高さの倍くらい、飛んでないか?)


 敵を想定して、向きを変えてみる。

 地上では有りえない高速の方向転換に、ヘルメットの首が悲鳴を上げた。


「痛たたっ! 何か、グキっていった……」


 痛がる間もなく、眺力を失った機体が落下を始める。

 スラスターを吹かすが、かなりの勢いを残したまま大地に足を着く。その衝撃に耐えきれず、膝や足の付け根のジョイントが破壊されて、胴体が地面に転がった。


「大丈夫か、ボビィ!」


 真っ先に駆け寄ったディーゼルが、コクピットのハッチを開け、セフティーバーを持ち上げる。

 シートから転がり落ちたボビィが泥濘の中に蹲り、嘔吐した。


「この馬鹿娘が! 何て物を作りやがった。こんなじゃじゃ馬に誰が乗るってんだよ!」

「……僕が……乗るよ」

「おいおい、ボビィ……お前も懲りないやつだな」


 首を押さえながら、何とかコクピットに凭れて立ち上がったボビィは、何と笑っている。

 ディーゼルは呆れて、阿呆の極みのパイロットを眺めた。


「注文通りだよ……さすがリリス。このスピードと高さなら、飛龍とだってやり合えるさ。ただ、飛ぶたびにぶっ壊れちゃうんじゃあ、困るんだけど……」

「何でそこで、俺が責められなきゃならないんだよ?」

「仕方ないよ、父さん。ルーンは注文通りなのに、機体の強度が足りてないんだもの」

「普通は、こんな馬鹿な強度を求められるものかよ?」

「じゃあ、ボビィの注文が普通じゃないんだよ。パイロットに希望に応えるのが、技術者の仕事なんでしょ?」

「そりゃあそうだが……こりゃあ、脚部と腰。ジョイントとフロー・ショックアブソーバー系は全部作り直しじゃねえか。腿の凹みを直したのが、無駄になっちまった」

「良いじゃない。ジョンも魔導甲冑に乗りたがってるし、足と腰はそのまま使って、練習用にもう1機、造っちゃえば?」

「そんな金があるのかよ?」

「知らん顔して、父さんに請求してみようよ。 意外に通っちゃたりするかも」

「無責任なことを言うなって」


 渋い顔をしながらも、ディーゼルが頭の中で算盤を弾く。

 確かに、ボビィの望むままに強化していけば、余剰部品でもう1機造ってしまった方が効率的かも知れない。

 それほどの改造になってしまう。


(まあ、機体なんて外装とジョイントだけだからなぁ……オーダーしても、大した額にはならないか。細かな作業の農機の方が、よほど機構が複雑で金がかかるぜ)


 父親の表情を読んだリリスと、ボビィがハイタッチする。

 天を仰ぐディーゼルの背後から、おどおどと声がかけられた。


「あの……お茶が入りましたよ?」


 盛大に溜息を吐いて、大笑いする。

 まずは、お茶の時間らしい。

 ルチアの用意したテーブルに着いて、もう一度笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る