7-2

 なんて感傷に耽っていたら、206の文字が刻まれたコンパーメントの前を少し通り過ぎ、踵でストップをかける。小物でジャラジャラするポケットを手繰って見つけた新品のチケットの番号が、その数字と一致することを確認すると、アッシュは扉を引いた。


「……なんでお前がここに居るんだ?」


 アパートの一室ほどの比較的ゆったりとした部屋の窓際で、長椅子に腰掛けて頬杖をついていた青年が胡乱な目を向けてくる。白楊だった。


「ベルタさんがよろしくって言ってましたよ。挨拶ぐらいすればいいのに」

「人の話をちゃんと聞けよ。あれか? ストーカー的な何かか?」

「違いますよ。ローズさんに新しいチケットを買っていただいたんです!」

「やだよ。お前口うるさいじゃん。賑やかし要因は一人で間に合ってるんだよ」

「もう。いっしょに怪異を倒した仲じゃないですか! どうせ目的地も同じなんですから、一緒に行きましょって!」 

 すると。噂をすれば影というが、正しく文字通り白楊の影から少女の姿が浮き上がってきた。


「まぁ、良いんじゃないか。最悪非常食にもなるしな」

「ほら、木枯ちゃんは肯定派ですよ!」

「非常食扱いされて喜ぶな。こいつ割と本気だから気を付けろよ。見た目はこれでも、一応怪異だからな」

「その時はその時です。何度も命を守って貰ってるんだから、その位は受け入れましょう――それに実は、もう路銀が無くてぇ……」

「はぁ。お前、結構たくましいよな」


 白楊は文句はたらたら言いながらも、アッシュが椅子に座るのを妨げはしなかった。


「それにしても、よくツノが弱点だって分かりましたね」

「書いてあっただろ、報告書に。ちゃんと読まなかったのか?」

「よ、読みましたけど。一瞬だったのでそこまで覚えられませんでした」


 報告書というのは、作戦会議をした馬車の中でローズ教授がホログラムで見せてくれた記事のことを言っているのだろう。ただ、あの時は記事の文量に比べて、読むことの出来る時間があまりにも短かったので、アッシュはほとんど概要だけしか見ることが出来なかった。

 なんだか覚えていることが当然のよう彼が言うので、こっちがおかしいのかと思ったけれど、改めて考えてみても普通に無理だと思う。やっぱり、彼は少し普通じゃない。


「……あの、一つだけ気になってたことがあるんですけど」

「あん、どうした」

「私は、ちょっと生き物の感情を読み取るのが得意なのですが。あの獣の怪異が発していたのは、怒りでも、恨みでも無くて、心配に近い何かでした。つまりですね……結局、何故今、このタイミングでアレは暴れたのでしょうか。という質問なんですが」

「……お前。最初に会った時も、俺があの怪物を殺そうとするのを止めたよな。見えてたのか」

「そんな大したものじゃないんですけど。波紋みたいのが見えるといいますか。はい」


 その時、コンパーメントのドアが開き、「『フォゲット・ミー・ノット』――か」という言葉と共に、紅茶のティーカップを持った金髪の女性が姿を現す。


「ローズさん!」

「ハロー。また会えて嬉しいわ、アッシュ。この部屋に居ると言うことは、私のチケットを使ってくれたと言うことで良いのよね」

「はい。これからお世話になります!」

「そう。こちらこそよろしくね」


 ローズはアッシュの正面の席に腰掛けて、紅茶を一口含む。

 心の落ち着く芳しい香りを含んだ湯気が、部屋の中に広がる――

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