6-4
――空白が流れた。
沼の淀んだ空気を震わせるベルタの言の葉を聴いて、怪物は歩みを止め、己の前に立つ小さな生物を見詰める。
ただ立つ。それだけで空間を凍てつかせる存在感を放つ怪物を前にして。
ベルタは震える脚のまま、しかしじっと怪物を睨みつけた。
「言葉が届いているのでしょうか……?」
アッシュの呟きに、白楊は「いや――」と目を細める。
次の瞬間、〝490246〟
そのまま姿勢を軽く低くして溜めをつくると、高く飛び上がって一息に距離を詰める。露になった腹の裏には、様々な生物の脚部が乱杭歯の如く生え揃っていて、その全てがベルタを飲み込まんと蠢いていた。
しかし、その巨体は弾丸のように闇から飛び出した人影が放った一撃により、沼の真ん中まで吹き飛ばされる。
「カカッ! こっちはよく寝て準備万端だぞ! 再戦と行こうじゃないか!」
迎え撃った影――木枯は空中で身を捩らせて華麗に着地をすると、牢屋でも見せたヒーローポーズを華麗に決めた。
信じられないことに、彼女は何かついでに怪異から引き千切った何かの動物の脚を、丸かじりにして飲み込んだ。怪異はお腹を壊すことがあるのだろうかと素朴な疑問が浮かんで、首を振って雑念を振り払う。
〝490246〟は大量出血にもかかわらず、奇妙な微笑みを絶やさない。イマイチ攻撃が効いているのかどうか分かりづらいが、少なくとも身体の動きは先程よりもぎこちなくなっていた。
「おい! 美味しいとこだけ持ってくんじゃねぇよ!」
「小僧がトロいのが悪いわ! キャハハ! ふるすろっとるだぞ――っ!」
木枯は高らかに告げると、地面を吹き飛ばしてジェット機の如く突っ込んでいった。
「あれ、大丈夫です? なんか跡形も残らなさそうですけど」
「死にはしないわ。聖遺物は無限の魔力で宿り主を生かそうとするから」
力で劣る怪物は何百もの足の波状攻撃で木枯の突貫をいなそうとする。
それに対する木枯の回答は単純で、更なる力によるゴリ押しだった。
沼地の地面を吹き飛ばしながら一気に怪物の懐に潜り込む木枯。襲い来る脚の群れを尽く弾き飛ばすその姿は、まさしくちぎっては投げ、ちぎっては投げという表現が似合った。そのまま彼女は遂に本体に肉薄し、大鎌で肩口を斬りつける。
――獲った。
誰もがそう確信するような、刃が肉を引き千切る物理的な感触。怪物の頸から上が、斜にずり落ちる。
だが、木枯はその感触に違和感を感じた。本質を掴み損ねたような、空虚感。
木枯は大きく後ろに跳び退く。高く飛び上がった彼女の眼は、広い沼の表面がまるで沸騰するように――、何かの生き物が水面下に蠢くように、ボコボコと泡立つのを見つけた。
「おっ……⁉」
間髪を入れず、数えきれないほどの本数の巨大な触腕が沼から飛び出して、木枯の四肢に絡みついた。
そのまま触腕は獰猛にうねりながら、力任せに木枯の肉体を水面に叩きつける。抵抗する間もなく、彼女の身体は暗い沼の底へと引きずり込まれていった。
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