4. File: 音声記録 490246-1
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――この町は檻みたいなものさ。
閉鎖的な風習。この街に産まれたからには、容易に外の世界へ踏み出すことは出来ない。それはこの町の人間性みたいなところもあるけど、そもそも地形の悪さも関係してるとアタシは思うんだ。見ればわかる通り、この街は三方を山で囲まれた盆地にあるだろう? だからこの街には出るのも入るのもひと手間なのさ。川の流れの悪いところには淀みができる。人間も同じさ。
少し前に魔導列車を通すのに山が邪魔だってんでトンネルを作ってね。それがたまたまうちの村を通るってことで駅ができてからは、少しは風通しもマシになったけど、それより前は北の古い街道以外には出入口がなかったのさ。しかもこの街道というのが酷くてね。道は町外れの沼の横を通ってるんだけど、この町の人間は夜になると絶対にあの沼には近付かないんだ。あの沼には、怪物が住んでるからね。
でも、あそこは昔からそんないわく付きの場所って訳じゃなかったんだ。かつてはあの編纂の騎士様も訪れた景勝地でね。綺麗な湖があったらしい。なんでもそこには美しく穏やかな、白馬の姿をした精霊が住んでてね。騎士様がお通りになった際には舞を披露して、友誼を結んだらしい。いまでも沼の近くにそれを記した石碑が立ってるけど、正典には載らない些末な話だから、町の人間でもほとんど知らないよ。
それから数百年は経った頃かねぇ。集落に住んでいたある男がこの山の中から希少な鉱石が採れる鉱脈を見つけたんだ。何を隠そう、それがウチの先祖なわけだけど。以降豊かな自然の広がる山は、急速に発展してった。鉱石を掘るための機械ができて、次にそれを売り物にするための工場が建てられて、一獲千金を夢見てやってきた人間たちの住む町が生まれた。それとは反対に、鉱石の精錬のため川からの取水と工業排水の放出を繰り返した結果、次第に山と湖は汚染されていったけどね。結局一〇〇年も経たないうちに酷い土砂崩れがあって、鉱山ごとおじゃんさ。清らかな湖は、汚れた沼になった。大量の人死にがでたとも聞いた。そのうちの一人が、ウチの祖父なんだ。
それからというもの、街道を通る商人が失踪する事件が相次ぐようになった。
そして不思議なことに、生き残った生存者は口をそろえて言うのさ。
「水の精霊の怒りだ」ってね。
(数秒の沈黙)
――湖に住む白馬の精霊ね。
人や牛、馬なんかを水場に引き摺り込む水の精霊の民話はユーラシア大陸全般に見られるわ。西洋ではスコットランドのケルピーとか、ギリシャのヒッポカムポスが有名かしら。東なら中国の竜馬とか。ほら、西遊記で玄奘三蔵が乗ってた玉龍なんかも竜馬の類ね。今回のエニグマはその辺りの伝承の流れを汲んだ存在と見るのが妥当でしょう。
彼らは一般的に金属を嫌うとされていて、北欧では鉱石の精錬過程でできた不純物を魔除けとして水に投げ入れるそうだけれど。鉱山の工業排水というのが、精霊にどのような影響を及ぼしたのかは考えものね…………、失礼。今は私の学術的関心は今は置いておくべきだったわ。
ええと。ベルタさんが何故あのエニグマに狙われているのか、という理由についてもう少しお聞かせ願えるかしら。
――もちろん。今話そうと思ってたところさ。
さっき話した死んだ祖父というのがね、元は祖母の幼馴染だった男なんだ。二人は愛し合っていたんだが、権力者の家系だった祖母は、一介の鉱夫だった祖父とは、身分の差から結婚を許されなかった。それで実行したんだよ。駆け落ちを。
そして何の因果か、その日に土砂崩れは起きた。悲惨なことに、この災禍に巻き込まれたのは二人の内祖父だけだったのさ。暑い日でね。旅に備える水を汲みに行くと言って離れたきり、戻ってくることは無かったと、一度だけ祖母が漏らしたのを聞いたことがあるよ。結局祖母の手に残ったのは、直前に祖父が渡した花束だけだった。ここに来る途中青い花が沢山咲いてるのを見たかい? これは全部、その時に祖母が持ち帰った花を追悼のために殖やしたものさ。今じゃ単に観光の見せ場になってるけどね。
ともかく、その後既に祖母が身籠ってたこともあって、縁談はご破算になり、私が産まれた。ウチは親が仕事一筋で面倒を見てくれなかったこともあって、祖母がよく面倒を見てくれたのさ。昔のことを知っている人たちからは、よく私は祖母に似ていると言われたものだよ。容姿も、無鉄砲な性格もってね。そのせいもあってか、このしみったれた町の中で祖母だけは、私にとても良くしてくれた。それで私は祖母にべったりで、色々教わったものだよ。ただ一つ、祖父の話を聞こうとすると、いつも話をはぐらかされたのだけれど。
その祖母がつい先日亡くなってね。思えば最近になって、祖母は妙なことを言い出していたんだ。身体も随分弱っていたから、幻覚を見ているんだと思っていたけれど、今思えば、アレは何かの予兆だったんじゃないかって思うんだ。そう、つまり。祖母は言っていたんだよ。
……あの人が私を探してるって。
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