3-2
間もなく、御者が鞭を一振りして、馬車は動き出した。
「すっごいです。ベルタさんお金持ちだったんですね!」
「田舎の商人なりにはねぇ。一応、ウチはここらの商業ギルドの元締めってことになってるのさ」
上品で柔らかな声質の割に、妙に荒い田舎言葉でベルタは語る。
と、雑談が膨らみかけたところで教授が、コホンとワザとらしく咳をして会話を遮った。
「失礼。仲が良いことは宜しいのだけれど、本題に入らせてもらって良いかしら。――あまり時間もないから」
「これは悪かったね。好きにしてくれよ、先生」
女性は一つ頷いて、仰々しくお辞儀をした。
「まずは自己紹介を。私はミスカトニック大学の、アンブロジアーナ・ウィストです。一応今は成り行きで解体科の臨時部長兼教授をやらせていただいてるわ」
ミスカトニック大学。
その名を聞いてアッシュは小さく感嘆の息を漏らす。ミスカトニック大学と言えば、たしか最古の神秘研究所であり、現在でも世界中に支部を持つ巨大な教育機関だったはずだ。義務教育を終えたら、家業を次ぐことが当たり前の田舎村で育ったアッシュでさえ、その名くらいは聞いたことがあるといえばその有名さが伝わるだろうか。
その教授となれば、そうとうえらい人であるのは間違いない。
「まさかそんなに偉い方だったなんて――あ! 私はアッシュ・アステリオンです! ふつつかな田舎娘ですが、教授のお役に立てるよう頑張ります!」
「うん、よろしく。後、そんな畏まってくれなくても良いわよ。今大学の方でゴタゴタがあって成り行きで教授なんて名乗ってるけど、元々ただの研究職の裏方でしかないから。気軽にローズさんとか、ローズ先生って呼んで頂戴」
「ぜ、ぜんしょさせて頂きます! ――あの、ところで白柳さんとはどんなご関係なのでしょうか? さっき借金とか何とか仰ってましたけど……」
「彼は私のビジネスパートナー兼ボディガードっていうところね。最近別の所で事件を起こしたせいで、莫大な借金を背負って首が回らなくなってたところを、私が拾ってきたの」
「おうふ。ってことは私と借金友達ってことですね。ハハ……」
うん。我ながらあんまり笑えない。
そして笑えないブラックジョークほど扱いづらいものはないな。
「あまり舐めるなよ。お前とは借金の桁が十個は違う。借金先輩と呼べ」
と、謎の張り合いをしてくる白楊。
というか、桁が十個は違うって、どんな暴れ方をしたらそうなるのだろう……?
滅ぼしちゃったのかな。国とか。
「今回は、FR区域のとある街に、調査とヘッドハンティングの為に来てたんだけど、気付いたら彼とはぐれちゃって……、留置場に捕まってるって話を聞いたときは耳を疑ったわ!」
木枯は居心地が悪そうに曲げた脚を組み直して――長身の彼は客車に入るにも身を屈めなければならなかった――教授へと不機嫌そうな目を向ける。
「だから、あれは俺のせいじゃないって。文句は木枯とそこのチビに言ってくれ……で、状況を教えてくれよ。俺たちは今どこに向かってるんだ」
馬車は留置場から更に街の外へと車輪を走らせ続けている。
街の中心から遠のくほど舗装が荒く砂利道が増えてゆくが、馬車の進む速度は衰えることがなく、なめらかで一定の速度を維持し続けている。その速度も直感に比べて明らかに速く、不自然な快適感には魔術の味わいがした。
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