2-6

「ちょっと白楊くん‼ 今すっごい音がしたけれど、また悪さをしてるんじゃないでしょうね!」


 女性は乱れる息もそのままに、流麗な金糸の前髪の向こう側から鉄格子の中の問題児に凄味を効かせる。

 すると、彼女の姿を認めた途端に、銃弾を撃たれても動じる様子を見せなかった木枯が、露骨に嫌そうな顔を見せた。


「げっ。センセーだ。やっべ」


 そしてそのまま出現した時とは逆の要領で、ずぶずぶと白楊の影の中へと潜っていった。


「おい待て木枯。逃げるんじゃねぇ!」

「まったく……、やってくれたわね! これ一応魔術的に強化された石材なのに、どうやってこんなバラバラにしたのよ……⁉」


 女性の悲痛な叫びに、僅かに首肯を返す頷くスーツの男。


「ここで問題を起こされると、この場を任された我々九龍公安隊の評価にも関わるということをお忘れなく」

「おいおい。先に冤罪で捕まったのはこっちの方だぜ? 出て行くのだって自由だろ」

「白楊君っ! これ以上引っ掛け回すのは勘弁してよ。ほら、ごめんなさいする!」


 強引に頭を下げさせようと頬を引っ張る女性と、力で抵抗する白楊。

 さっきの緊張感は何処へやら、これでは完全にただのコントである。

 結局、白楊は女性の強情さに負けて、しぶしぶと頭を下げることとなった。


「本当に、失礼を掛けました。建物の修繕費はこちらから出しますから」


 黒服の男も気が抜けてしまったようで、これ見よがしに大きな溜息を吐いて、拳銃をホルスターにしまった。


「当然です。それより教授、早くこの問題児たちを回収していって下さい。このままでは牢屋の耐久力も、私の胃も。持ちそうにないので」

「承知しました。こちらは責任をもって預からせて頂きます」


 男は僅かに肯くと、振り返ることもなくさっさとその場を去った。

 後に残された女性はそれを最後まで見送ると、くるりと向きを変えて、牢屋の中の元囚人たちを見渡す。


「――という訳で、白楊君、釈放よ。ただし、保釈金は貴方の借金に上乗せにするから。自分から返済金を増やして完済までの道程を伸ばすなんて、私も随分好かれたものね」

「おい、今回は俺のせいじゃないぞ! マジで冤罪で捕まっただけなんだって!」

「言い訳しないの。仮に冤罪だからって、部屋の壁を吹き飛ばすことないでしょう⁉」


 すると、首だけを白楊の影から出しながら「そうだぞ小僧! 恥を知れ!」と、木枯が煽り立てる。

 白楊はサッカーボールのようにその頭を蹴飛ばそうと脚を振りかぶったが、木枯が即座に顔を引っ込めたので空を切った。


「おっま……! 都合悪くなるとすぐ人に押し付けやがって……!」


 でも、自分の都合でラインを反復横跳びするのは彼も大概だと思う。

 類友という奴だ。


「ハイハイ。馬鹿二人はそうやっていつまでも口喧嘩してればいいわ。まったく、町を破壊したと聞いて留置所に来てみたら、捕まった牢屋まで破壊してるとは思わないじゃない⁉」

「ちょっと待て! 百歩譲って牢屋を破壊した責任はすこーし位あるかもしれないが、町を破壊したのは俺じゃなくて、そっちのチビだぞ」


 自分には関係の無い話だと思って油断していたら、急に話の矛先がこちらを向いてアッシュはビクリとする。


「何言ってるのよ。あんな華奢な女の子が、町をあんな怪獣が暴れたみたいにできるわけないじゃない」

「なら何で俺と一緒に牢獄に閉じ込められてるんだよ。ほれ、言ってやれ私が〝ゴジラ〟ですってな」


〝ごじら〟が何なのかは分からなかったが、ろくでもないことを言われているのは雰囲気で分かる。

 しかし、実際ろくでもないことを言われても仕方が無い事をやらかしたのも事実なので、どう説明したものか。


「えっとぉ……、アレは不可抗力っていうかぁ……」


 結局、伝えるべき言葉は言い訳と罪悪感の間を浮き沈みして、ごにゃごにゃと言葉を言い淀むことしかできない。

 しかし、どうやらこれがむしろ白楊の言の信憑性を高めたらしい。彼女は訝しみの瞳を驚きに丸めた。

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