2-5

「よーし。上手くいったな」

「いやいやいやいや。あんまりよくないと思いますけど。むしろゴリゴリにマズい状況だと思いますけど⁉」


 止まっていた時間の分の感情が一瞬で巻き戻されたかのように、焦燥とツッコミが脳を焦がす。

 アワアワと慌てることしかできないアッシュ。一方で木枯はこんなの日常茶飯事とばかりに表情一つ変えず、壁に空いた穴の前に立って、フリーズ中の彼女を手招いた。


「貴様とて、先程は似たようなことをしたではないか。――それより、貴様も一緒に来い。」と一々ポーズを取る度に、頭の上のクセっ毛がぴょこぴょこと動くのがとても愛らしい――


「――って。へぇっ⁉」

「何を驚いているんだ。こんな湿気たところに居ても楽しくないだろ!」

「……でも、私人に迷惑をかけたのは事実だし……その罪は償わないといけないし……」


 というか、そうじゃなくて。

 ただでさえ人の家をぶち壊して、その上公営物らしい牢屋の壁を壊したら、一体どんな罪に問われるか分かったものではない。


「ほら、早く行くぞ!」

「ま、待って!」


 唐突な二択にただアワアワとしていると、木枯は勝手に手を取って外へ連れ出そうとしてくる。当然アッシュは抵抗したが、見た目以上に彼女の力は強くて。引きずられるように一歩を踏み出す。

 しかし――、ほんの少しだけ。

 反力で引き寄せられた木枯の頭の僅か数センチの先に、パンと何か高速の物体がかすめて行った。

 一体何が起こったのか分からなかったが、カランと地面に転がった物体を見つけて、気付く。


 ――――銃弾。


「……これは宣戦布告と取ってもよいか、人間」


 楽しげな笑顔に獰猛な殺気を滲ませながら、木枯はおもむろに振り返る。

 弾丸の飛んできた元――、鉄格子の向こう側の通路には、全身真っ黒のスーツを身に纏った男が、拳銃を構えて立っていた。白の混じった黒髪の頭を見るに、それなりに年齢を重ねた人物であることが分かるが、銃のグリップを握る手には寸分のブレもなく、相当に鍛えられた肉体をしているらしい。

 怪物に見詰められた時とはまた違う、ピリリと刺すような緊張感が全身を巡る。


「おいおい、またアンタか。牢屋で銃なんか撃つもんじゃねぇぜ。みんなビックリするからな」

「それ、お兄さんが言います? っていうか、お知合いなんですか。『また』って言いましたけど」

「ああ。俺をこの檻に案内したのは、アイツだぜ」

「えっ。マジですか」


 ということは、一応はこの屁理屈好きの自称死神たちを、この牢屋に押し込めた存在ということになる。本人の認識がどうであれ、その事実だけでも彼を警戒する理由には十分だった。

 男は薄いリムレスメガネの奥から、感情の抑圧された怜悧れいりな眼で木枯の眼を見つめ返す。

 浅い呼吸が男の強張った肉体を伝う振動で、胸元に掛けた龍のペンダントが僅かに揺れた。


「拳銃程度、其方そちらには豆鉄砲にもならないでしょう。ただ引き留めるのに都合が良かっただけです」

「ほう。して、貴様いったい何用だ。くだらない要件なら潰すぞ」

「私は何も。用があるのは彼方あちらの女性ですよ……」


 男が言うや否や、廊下の遠くの方から石畳を駆ける騒々しい足音が聞こえてくる。それだけで何かを察したのか、頭痛がするみたいに、白楊は頭を抱える。


「めんどくさいことになってきたな。こりゃ……」


 間もなく、鉄格子の向こうに息を乱した若い女性が駆け込んできた。

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