2-4

「というか、私たちまだ名乗ってすらいませんでしたね。私はアッシュ・アステリオンです。お兄さん、お名前は?」

白楊はこやなぎだ。白楊はこやなぎ啓人ひろと

「ハコヤナギ……? 変わった響きですね。どこからいらしたんです?」

「日本。東の端っこの方だな。正確な場所は、こっちの人間には言っても分からんよ」


 ニホン。

 確か学校で名前だけ聞いたことがある。気がする。

 世界的にも神秘の多い区域だとかなんだか言っていたような気がするけど、如何いかんせん授業=睡眠時間な生活をむさぼってきたので、確信はない。まさか、星の対極の人と異文化交流をするだなんて考えたことも無かったし。こんなことなら嫌いな先生の話でもちゃんと聞いておけばよかった。


「そういえば、もう一人かわいらしい女の子を連れていたような気がするんですけど、あの子はどちらに?」

「あん? ああ、今は引っ込んでるよ。あれは使い魔みたいなもんで――」

 すると、白楊の声を遮るようにして、何処からともなく声が聞こえてくる。

「ダーレが使い魔だと?」


 同時に、彼の足下の影がまるでインクのように渦まいたかと思うと、その中心から一人の少女が飛び出してきた。


「ウワァ! びっくりした!」


 少女は無駄に空中で一回転し、ビシッと着地ポーズを決めると高らかに告げた。


「我輩は木枯こがらし。この小僧の主にして、〝さいきょう〟の怪異である! 此度はその不敬を許すが、間違っても使い魔などではないので、よく覚えておくように!」


 特撮ものだと今のシーンに合わせて効果音が鳴ったりエフェクトが付くのだろうけど、残念ながらこの場に演出マンは存在しない――存在しないはずなのだが。彼女の周りには深藍ふかあい鱗粉りんぷんのような、微細な星粒が舞っていて。

 細い窓から差し込んだ日差しのスポットライトに、キラキラと反射するのが綺麗だ。

 緩やかな、春の午後に。平穏が時を止めたようだった。


「どうだ? 何か言うことがあるだろう?」

「……すっごい! 今のカッコいい!」

「まじかよ。良かったな。珍しく好評で」


 眼をキラキラと瞬かせるアッシュと、自分は関係ないですよとばかりに体一つ後ろに下がる白楊。

 四捨五入すればおおむね好意的な感触に木枯は鼻高々に胸を張って、うんうんと頷いた。


「そうであろう、そうであろう! 貴様、小僧と違ってなかなか分かる奴ではないか! それに、人間にしてはなかなかやるようであるしな。下々の家を貫き焦がすあの光線――! 矮小わいしょう種族にしては見事であった!」


 おっとぉ? 急速に話のハンドルが嫌な方向へ急旋回してゆくぞぉ?


「いやぁ……? アレは間違いっていうかぁ、暴発しちゃったっていうかぁ……」


 忘れかけていた自己嫌悪の猛毒が回って青くなるアッシュの顔色には気付きもせず、木枯はバンバンとアッシュの肩を叩く。


「そう謙遜するでない! あの程度過ちの内にも入らぬわ。我もかつては手違いで、人の村の一つや二つを消し飛ばしたものだ!」

「慰めて下さって、ありがとう……?」

「うむ! 貴様、なかなか見目も麗しいし、うまそうな匂いもするし。我輩の下僕二号にしてやらんでもないぞ。さあ共にこの世界を征服しようぞ!」

「ん……? 下僕? 世界征服? どういうこと……?」

「はいはいそこまでにしておけ。チビもあんまりコイツの言うことに真面目に取り合うなよ」


 危うく複雑怪奇な木枯ワールドに飲み込まれそうになったところで、白楊が木枯の頬を引っ張って後ろに下がらせた。


「ひゃ、ひゃめろ小僧!」


 暴れる木枯の手刀が白楊の額を掠める。

 彼はそれを最小限の動きでかわしたが。いかにもわざとらしく、おっかなびっくりの動作で木枯の頬を放した。なんだか兄弟喧嘩みたいで微笑ましいなと思ったのも束の間、彼女の手刀の軌道の先の鉄格子が触れてもいないのにひん曲がったのを見て、笑顔が凍り付く。

 そういえばこの子、可愛い顔して、あの怪物を蹴り飛ばしてたっけ。


「ていうか、吾輩のわるぐちが聞こえてきたから出てみたんだけど、貴様らなんでこんな狭い場所で話してんだ?」

「まぁ、私たち罪人らしいからねぇ。こればっかりはしょうがないよ」


 すると、それに対し白楊が「何言ってんだ。俺らは別に捕まってるわけじゃないぜ」と、大真面目な顔で答えた。

 ……? 何言ってんだと、心の声がオウム返しして、自分を堅牢に囲う石壁を目で一周する。

 うん。この状況を囚人と言わずして何というだろう。


「捕まってるわけじゃないなら、白楊さんは何でココに?」

「お前からお助け料金をまだ貰ってなかったからな。確かに一度は檻の中に入ったがよ。出ようと思えばいつでも出れるなら、捕まってるとは言わないだろ?」


 あまりに常識外れなトンチに、ポカンと口を開くことしか出来ない。

 どうやら感性の差に埋まらない溝があると、人はこうなるらしい。


「……ま、でも。払えないならもう用はないぜ。俺たちは帰るよ」

「帰るって、どうやって?」

「そりゃ、こうやって――」白楊は無造作に後ろの壁を叩いた。


 ――ドゴォン! と爆音が鳴って、耳鳴りで何も聞こえなくなる。

 上手く現実を飲み込めなくて、間抜けな顔で音の方に目を向けると、粗い石壁にぽっかりと大穴が空いていた。

 ちょっとお洒落な額に収まった絵画のように、もくもくと煙を上げる工場地帯の遠景が、堅牢な石壁に切り取られている。

 破壊の残響と、ヒバリの鳴き声。その対比の間に生まれた無尽の空白に、しばし呑まれる。

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