2-2

「あれ。私が助けたお姉さんはどうなったか分かりますか」

「知らね。あの後すぐに何とか公安隊っていう奴等が来てよ。それが冗談のきかない奴らで、『テロ罪で逮捕するー』ってこっちの言い訳もロクに聞かないで、ブタ箱にぶち込みやがったんだ。確かそん時あの女は先に担架たんかで運ばれてったぜ」

「そうですか。無事だと良いのですけど」

「――お前、傷はどうなってる? さっきは結構怪我してただろ」

「あっ。そういえば、全然痛くないです……!」


 服をめくってみると、先程の逃走劇であちこちに負っていた切り傷や擦り傷は、綺麗さっぱり見えなくなっている。


「そうか。なら、あの女も大丈夫だろ。アレもお前と同じ奴に応急処置して貰ってたからな。たぶん腕利きの術士なんだろ」

「ほんとうです⁉ 良かったぁ」


 アッシュは安堵の息を漏らす。

 しかしすぐに別の疑問が頭をもたげてきたようで、首を捻る。


「――って、うん? ちょっと待って下さい。私も怪我人のはずなのに、なんで私はお姉さんと違って牢屋に……?」

「そりゃ、お前が家を何軒もぶっ飛ばしたからだろ」

「えぇ……でも、あれは怪物を撃退するための不可抗力でしょう。私は悪くないと思うんですけど……」

「都合よく記憶を改ざんすんな。お前が家をぶち壊したのは、俺があのデカブツを倒した後だ」

「まさかそんなわけ――」


 ないじゃないですか、と続けようとして改めて思い返してみると、なんだか彼の言葉が間違っていないような気がしてくる。確かに、アッシュが家を破壊したのは、青年と女の子が怪異を退しりぞけた後のことだった。なんなら青年がとどめを刺すのを邪魔までしている。


(――んんっ? これ『せいとうぼうえい』は成り立たないやつでは? もしかして、私ちゃんと大罪人では?)


 ガシャン、と。

 裁判所でギロチンに掛けられる自分の想像が頭を過って、血の気が引いた。

 改めてあの時の状況を思い出して、頬が熱くなる。

 一応言い訳しておくが、けして〝アレ〟は人の家を壊すテロ行為を狙ったものでは無かったのだ。

 ただ、あの黒い銃を見て。嫌な予感がして。

 止めなきゃいけない、と思った。

 別に難しい事でもないし。少し手を差し伸べて、注意をそらすくらいで。良かったのだ。

 ただ、自分が『こんな』であるせいで。

 必要のない悲劇を生み出したのだと思い至り、無意識に手を握り締める。


「安心しろ。今回の件、少なくとも人死には出てねぇよ」


 と、グルグル悪い思考ばかりが堂々巡るアッシュの脳内に、不意にぶっきらぼうな声が飛んできた。


「……えっと。何で牢屋の中のお兄さんに、それが分かるんです?」


 アッシュの問いに対する、彼の回答はいたってシンプルだった。


「死神だからな」


 な、何だそれ。

 合理性の欠片もないセリフに、苦笑が漏れる。

 でも、少なくとも彼は嘘を吐いていないと思った。

 何故かって……、何となく。

 あるいは自分がそう信じたいだけだったかもしれないけれど。

 そこでアッシュの反応がかんばしくないのを見て何かを勘違いしたのか、青年は言いづらそうに言葉を付け足した。


「だから――、まぁ。何だ。お前は死人の数を一つ減らせてるぜ。ちゃんとな」


 トンカチで殴られたような痺れが、スコンと側頭部を抜けた。……そうか。

 気遣いにしてはあまりに回りくどいけれど。それでも、ちょっとだけ心は温かくなった。

 うん。苦笑いでも、笑いは笑いだ。

 人殺しは逃れたとしても、家屋損壊は逃れようのない事実であることには、一旦眼をつぶろうじゃないか。

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