2. 牢屋と昼下がり

2-1

 ――石の天井がある。

 粗削りの、まるで住む人間のことなんて考えていないような、冷たくて、かたい天井。

 それを、まるで採取したての綿花のような、ふかふかな布団――それは私の人生のなかでも最も触り心地の良い一品だった――にくるまりながら、見上げていた。

 ああ。全身の隅々にまで、気怠けだるい感じが満ち満ちている。

 これはあれだ。

 風邪をこじらせて寝込んだ次の日の、朝の倦怠感けんたいかんに近い。

 お母さんに学校行きたくないって言ったら、何て返されるかな……なんて、見慣れたリビングと台所に立つ母の目元を思い浮かべて――、アッシュはハッと身体を起こした。


「ッテテ――、寝違えたかなぁ」と首を捻りながら、薄暗い周囲の様子に目を凝らす。

 そこは、決して何年も住み慣れた、狭くも愛おしい自分の部屋ではなかった。

 全面を石レンガで固めた、むやみに広いがらんどう。

 通路に面した方には硬い鉄格子が一面に張られていて、頑丈そうな錠前じょうまえの付いた扉が構えている。それ以外の開口部と言えば、反対側の壁の天井付近に空いた高さ十センチくらいの横穴だけで。そこから差し込んだペールオレンジの光が、冷たい床の薄闇を長方形に切り取っていた。


「ここは……、牢屋?」


 するとその呟きに答えるように、視界の隅から声が聴こえてきた。


「ようやくお目覚めか、クソガキ」


「ひゃっ」と悲鳴を上げて辺りを見渡すと、アッシュの居た位置とは逆の位置に、丸まった黒のぼろきれがある──と思ったら、なかば布に埋もれるようにして顔と足がついているのを見つけた。

 たぶん人間らしい。


「そういう口の悪いアナタは誰です?」

「おいおい。まさか危うく蒸発させかけた相手の顔を覚えてないってこたないよな?」


 皮肉めいたその声に、ようやく全てを思い出してアッシュは目を見開く。


「その声、もしかして死神のお兄さん……!」

「そうだ。死神のお兄さんだよ。マ、今は非番の死神だけどな」


 青年は面白そうに胸を叩いて、豪快に笑った。

 正直、死神という称号はあまり誉め言葉ではないような気がするし。記憶の棚の近くにあった言葉を反射的に言っただけで、実際別に誉め言葉として言ったわけでも無いのだけれど。

 彼にとっては、そうでもないらしい。

 というか、流れでフランクに会話をしているけれど、そもそも何なんだろう。この人。普通の人間は自分のことを死神とか言わないし、牢屋の中で自分の部屋にいるみたいにくつろいだりしない。

 ただの厨二病か、ホントにヤバい人か……、あるいはその両方か。どれなんだろうかと思ったけれど。彼こそがあの時怪異から自分を守ってくれたのも確かなので。警戒心は解かないまま、愛想笑いひとつ位は手向けておく。

 ――と、そこでアッシュは、一つの事実を思い出す。

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