1-3
研ぎ澄まされた聴覚が、近くの物音を感知した。
反射的に脚を止め、身体を固くすると、隣で少女――アッシュも息を
しかし、すぐにその緊張は解かれることとなった。
差し当たった十字路の左側。
ワタシたちの死角から近付いてくるその話声は、今の緊迫した状況に反して、あまりにも
「なあ小僧。宿屋はまだ見えないのか? さっきから同じ景色ばかりで、我はもう飽きたぞ!」
「少し黙ってろ。こっちはお前と違って地図と格闘してんだよ。――ってか元はと言えばだ。お前が食い物欲しさによく分からん路地裏に突っ込んだのが悪いんだろうが!」
揉めごとの真っ最中らしい二つの声は、怪物の存在など全く意に介さない声量で真っ直ぐこちらへと近づいてきている。
まさか、警報を聞いていなかったのだろうか。とにかく、声を静めてもらわないとワタシたちも危ない。などと考えていると、果たして四つ
それは明らかに異国の
男の方は、一八〇センチはあろうかという見上げる程の長身で、線の細い輪郭を真っ黒な服で覆った、亡霊のような
女の方は、男の長身とは反対に
こうして並んで居ると、色々な意味で酷くデコボコで
「あ、あのっ――! すみませんっ!」
アッシュが
「んあ? こっちは取り込み中だ。後にしろ」
青年は
その眼が血と泥にまみれたワタシたちの惨状を捉えると、
「おいおいどうした。この街では春にハロウィンをやるのかよ?」
「祭りではないか? 向こうで出店でもやってるかもしれん!」
あくまで緊張感のない様子で近付いてくる二人に、アッシュは倒れ込むようにして訴えかける。
「あ、あの! このお姉さん、ホントに怪我してるんです! 助けてください!」
それにも青年は、やはりどこかおどけた風に、「ほう? なんだ仮装じゃねぇのかよ。期待して損したな」と答えて、しかししっかりとした手つきで、ワタシの肩を持ちあげる。アッシュは青年のユルい温度感に困惑しながらも、流石に疲労が勝ったらしく、へなへなとその場に座り込んだ。
青年は自分の
「おい小僧! 早く行かないとまたセンセーに小言いわれるぞ」
「面倒だが人命救助が優先だ。マ、教授には後で紅茶でも飲ませとけば大丈夫だろ」
「キハハ、違いない! センセーはてぃーたいむとやらを、命よりも大事にしてるらしいからな!」
なんて冗談を交わしている間にも、ワタシの
まだ貧血でくらくらするが、これでまた多少の無理ができるはずである。
「……助かるよ。でも今はここを離れるべきさ」と起き上がろうとしたものの、青年にやんわりと押し留められる。
「やめとけやめとけ。怪我人は黙って寝てるもんだぜ。にしても随分派手にやったな。そんなに楽しい祭りだったか」
「お兄さんはいったんお祭から離れてください……! 怪物が居たんですよ、怪物が。非常事態なんです!」
心配そうなアッシュの言葉に対して、二人はまったく取り合う様子がない。童女はふふんと鼻を鳴らして胸を叩いた。
「娘。我らを何者と心得る。宇宙さいきょーの死神であるぞ! そこらの
「し、死神って……、えぇ……? あの、これは冗談じゃなくて……」
瞬間、アッシュの顔が固まる。
目の前の青年と童女の額に、黒い影が落ちた。
――腐臭。
ワタシはゾッと全身の肌が
四つ角の道を見上げた先に、怪物の無機質な顔面が、ワタシたちをじっと覗き込んでいた。
「にげ――っ‼」
ワタシが声を上げるのとほぼ同時に、二人組は自分たちの背後を振り返る。
しかし既に振り下ろされた巨大な
間に合わない。みんな死ぬ――
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