第61話 守るべき対象
「トーリ、急にどうしたの?ムーテに謝るって言ってたのに」
「――ルジがいた」
「え、はやっ。だって、僕たちより後に出たはず……だよね?」
「ああ。オレは全速力だったが、あっちは全力って感じでもなかった」
「……まさか、僕たちに合わせた、とか?さすがにないか」
だって、僕たちがどこにいるかなんて、魔法でもなければ分かりようがない。
建物はすべて地下で見晴らしがよくて、人影はすぐに見つかるけれど、個人を特定するにはかなり近づく必要がある。トーリがすぐに逃げられたのは耳がいいからだ。
「まあ、ムーテは人間だし、この距離を埋められるとは思えな――」
「やっほー」
「「出たあああっ!?」」
どこから出てきたか分からないけど、目の前にムーテがいる。地下の入口を避けて蛇行はしたけれど、確実に、離れていったはずだ。
それに、こんなに見晴らしがいいのに、現れるまで気づかなかった。
「さてさて、問題です。わたしに捕まると、どうなるでしょうか?」
「ルジにすごい怒られるんだろ……?」
「んー……どうかな。案外、実験台とかにされるかも」
トーリにはあんまり言っちゃうと可哀想だから言わないけど、ルジは僕たちを利用しようとしている可能性がある。
その計画に支障が出たから、雪を降らせた、という可能性。
あのときリアも、僕の独り言に対して怒る素振りは見せなかったから、あながち、間違いでもないのだろう。
――とすれば、僕たちの利用価値は十中八九、珍しい双子である、という部分だろう。その珍しさを利用するとなれば、実験台、という言葉に結びつく。
「ひぇ。なんだそれ、どういう――」
「おにーさん、せーかい。捕まったら世界一おかしい研究者に、いろんな針とか刺されたりします」
「逃げるぞ、レイ!」
「どぅわああっ!?――っとぉー。落ちるかと思った……」
地面と平行になった体を、トーリに掴まり立て直す。
ムーテは追いかけてこなかった。とすると、別のところから追いついていることになる。
「別の道、別の道……」
僕たちが知らないだけで、地下がつながっていて、通路になっているのかもしれないが、だとすれば僕たちにはお手上げだ。家と店の区別もつかない。
――いや、道といえばもう一つ、道がある。
「そうか……。水路だ!」
「水路?ああ、なるほどな」
水路の横には道があり、おそらく、すべて、繋がっている。ムーテはここを通っているのだろう。地上の穴凹よりはるかに通りやすく、気配を隠すにはちょうどいい。
トーリが立ち止まり、目を瞑る。ムーテの音を探し、そして。
「――捉えた。よし、逃げるぞ!」
「えいえいおーっ!」
なんか、すっごく、楽しい!
***
「――クレセリアが出た!?ここに!?」
「間違いない。つい先ほどまで、ルジ様の偽物がここにおっての」
「なんでそれを先に言わなかった!」
「ムムを関わらせないためじゃよ」
ムーテが最優先。そんなの、当たり前だ。
クレセリアのことは俺たちの問題で、ムーテには本来、一切、関係がない。むしろ、知らなければ知らないほどいい。
「……そのとおりだ。巻き込んですまなかったね」
「いいんじゃよ。ルジ様のしょぼんとした顔など、そう見られるものでもないしの」
「ニーグてめえ、ぶん殴るぞ?」
「わはははっ!」
しかし、二人ともに接触したとなると、俺を苦しめ続けている最たる要因を、消してもいいような気がしてくる。
「ラウ」
「なんでだ」
「ラウ、ラーウー、ラウラ」
確かに、クレセリアはあくまでクレセリアだ。あいつの接触があったからと言って、警戒を解いていいことにはならない。
「何を話しておるのじゃ?ワシにも聞かせておくれ」
「内緒」
「えー、ケチ!」
唇を尖らせるおじいちゃんが目の前に。
「お前は心も若返ったのか??先に謝らせてくれ、ニーグ」
ニーグが真面目な顔に戻る。
「――俺にとっては、お前も、ムーテも、大して変わらないんだよ。同じ、守るべき対象でしかない」
「……そうじゃったの。教えてもらえるはずがないわい」
「そういうことだ」
同じということは、こういうときには、頭を撫でて慰めてやりたくなる。白髪の頭を撫でれば、ニーグは居心地悪そうな顔をした。
「どうせ撫でてもらえるなら、美人なクレイア様がよかったのう」
「ほざけ。あんな暴力女、殴られて終わりだ」
一度だけ、クレイアに頭を撫でられたことがあった。後にも先にもその一度きりだったが。
「それは、ルジ様の素行が悪いからじゃろうて」
「暴力に屈して改めるつもりはない」
「少しは優しいミーザス様を見習ってはどうかの?」
「はっ。不気味なくらい穏やかで何考えてるかも分からないようなやつの、どこに見習う余地があるって言うんだ」
「見習う余地だらけじゃろうて」
「誰からも好かれて、誰にでもいい顔して、鬱陶しいたらありゃしねえ」
そんなミーザスでも怒るときはあったし、俺も千年のうち、数えるほどだが、本気で怒られたことはあった。
にこにこと笑うニーグに、なんだか、こっちが子どもみたいな気がして、頬をかく。
「のう、ルジ様」
「なんだ」
「お二人が、ご健勝であられるとよいの」
「何だよ急に。くたばっててくれた方がせいせいするさ」
そう言っているのに、ニーグはにこにこと俺を見つめた。
「……なあ、ニーグ。また一つ、頼みがあるんだが」
「ルジ様の頼みとあっては、断れまい」
いつもの俺なら、頼まなかっただろう。けれど、二人のことを思い出したからだろうか。
「ラスピスを、よろしく頼むよ」
それは、ほんの些細な気まぐれだった。
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