四 掴めない炎

第60話 国外逃亡ごっこ

〜あらすじ〜


七年前。レイ、トーリが生まれたとき、リアが見た未来で七歳くらいの少年二人が、東ヘントセレナにて悲惨な運命を辿っていた。そんな運命に吸い寄せられるように一行は東ヘントセレナに辿り着く。


メルワートに命の石を預けたその足で、水の魔国の住民全員が集まるラスピス山の頂上でその王であるネイザーに、二週間だけ戦争を待ってほしいと頼み込む。それは、魔法で治したレイの足がなんとか歩けるようになるまでの期間だった。


魔族たちに話し合うための数日を与えるが、側近であるリンシャクを筆頭に戦争を止める気はなさそうだ。トーリとムーテを元気になったニーグの元に預けることにし、ルジは再びラスピス山へと向かう。


川に水を流す者や地下に潜伏する者、入口から奇襲を仕掛けるものを全員倒し、決して折れないと言っていたリンシャクの心さえも砕いた。戦争の意志がある者全員に、魔法で治すにも二週間はかかる大怪我を負わせ、その場を去る。


一方その頃、騎士団にジタリオの偽物が現れる。クレセリアと名乗るそれはレイを見て、彼によろしくと告げた。


二週間で世界一周をした後、ジタリオとリアから報告を受けたルジは努めて冷静を装うが、二人の親の〇〇であるクレセリアに対して静かに怒りを燃やす。


同時刻、ニーグの元をこっそり抜け出していたトーリは、レイを連れて騎士団から逃げ出した――。


***


 走って、走って、走り続けて。


「どこまで行っちゃうのー?」


「どこまでもだ」


 肩に担がれている僕たちを、物珍しそうな顔で見てくる。けれど、僕が黒い瞳の人間だから、トーリが魔族だとは誰も疑わない。


「……なあ。レイのところにも、ルジの偽物って来たか?」


「トーリのとこにも来たんだ。――僕のところに来たのは、ジタリオの偽物。あいつは姿形を自由に変えられるみたいで、クレセリアって名乗ってた」


「そうか」


 多くを語ろうとしないトーリからその真意を読み取ろうとしてみる。感覚の繋がりがあるから、まったくの他人よりはいろんなことが分かるが、それでも、情報は少ない。


「ルジが何か言ってた?」


「……まあな」


「なんて」


 渋るトーリだったが、静かに待っていると、


「詳しいことは何も。ただ、オレたちのパパやママと何か、関わりがあるらしい」


「ふーん……」


 正直、両親のことには興味がある。別に僕の両親のことはどうでもいいけれど、トーリの両親として見ると、結構、気になったりする。


 あんまり気にしたことはないけれど、同じ親から生まれたんだよなあって思うと、なんだか、不思議だ。


「ルジの偽物って、オカリナくれたっていうあの、『ルジ的なの』のこと?」


「そうだ。ルジ的なののことだ。レイに渡せって言われてな」


「ふーん。僕、楽器なんてやったことないけど」


「オレもだ」


 そりゃそうか。トーリがやったことのあるものは一通り、僕だって経験している。


「トーリは、オカリナって聞いたことある?」


「いや、ないな」


「そっか。じゃあ、ムーテのバイオリンと同じだね」


「……まさか、天啓か?ムーテがバイオリンを作るよう言われたっていう」


 天啓、か。聞いたことはあるけど、僕に関係があるとは思えない。


「覚えはないけど、もし天啓だとしたら、クレセリアってのは、一体なんなんだろうね」


「神様の使い……とか?」


 てん、てん、てん。


「ふっ、ふはっ、ははっ!」


「自分で言っておいてなんだが、神様の使いってっ。そんなの、いたとしてもオレたちのところに来るわけないだろ」


「確かに!本の読みすぎだよね」


 けらけらとひとしきり笑って。


「なんでルジが偽物だって分かったの?」


「音だな。オレはレイみたいに、違和感とかは分からないが、声の出し方がいつもより雑なのは分かった」


「何その見分け方。それで、どうやって逃げ出したの?」


「ニーグが偽ルジと何か話してる隙に、だな」


「……なんか、おかしくない?」


 トーリの心臓がどきっと鳴る。


「何が」


「普通、ニーグ、ムーテと偽ルジが一緒にいたら、危険だって思うでしょ。トーリが一人で逃げるわけないし」


 トーリが、言いづらそうに、言う。


「……実は。ムーテに魔族だってことがバレてな」


「あー、朝のあのびっくりかー……えっ。まだバレてなかったの?」


「そっち……?いや、隠すだろ」


「それで、魔族ってことがバレて、偽ルジが来て、思わず逃げちゃって。僕に会いに来たんだ」


「……ああ。そのときは、偽物だって気づかなかったんだがさっき、ルジがジタリオさんと話してるのが聞こえてきて、思い返してみて分かったんだ」


 走るトーリの頭をなでなでしてあげる。


「大丈夫だよ。クレセリアは僕たちに何もしないと思う。少なくとも今は。――それで、ムーテのところに向かってるの?」


「そうだ。でも、なんでそう思う?」


「クレセリアの方は、ルジによろしくって言ってたから。ムーテの方は、トーリならそうするだろうなって」


「……何も説明せず、逃げたんだ。いつもなら気づく音の違いにも気づかないくらい、慌てて。謝らないと」


 魔族であることを謝る必要はない。けれど、ムーテから逃げてしまったことは、トーリの中では謝らなければならないことなのだろう。


「僕がついてるから、大丈夫だよ!」


「うん……」


 泣きそうになっているトーリの頭を、また撫でた。


***


「ニーグ、生きてるか?」


「る、ルジ様!大変じゃ、トーリが姿を消した!少し目を離した隙に――」


「知ってる」


 俺がのんびりとリアを撫でる様子を見て、ニーグも落ち着きを取り戻したらしかった。


「ムーテ。元気にしてたか?」


「――うん。ルジはなんか、楽しそうだね?」


 ムーテの反応になんとなく違和感があったが、すぐに忘れてしまった。


「なあ、ムーテ。トーリとレイと、国外逃亡ごっこをしよう」


 瞳の音符が、るんと揺れる。


「わくわくする響きだね。やる」


「よしきた。逃亡者はトーリとレイ。追いかける騎士団役は、ムーテ」


「つまり、二人を捕まえればわたしの勝ち、ってことだね」


「そうだ。ただし、俺は手を貸さない」


「分かった」


 青い右目で見れば、ムーテが楽しんでいるのがよく分かる。


「でも、どこにいるかまったく分からないと、さすがに大変か?」


「ううん、それは大丈夫だと思う」


 外に出たムーテが、笑顔で立ち止まる。


 辺りを見渡すと、遠くに影が見えた。影は俺たちの姿を見て、動かない。


 レイを担いだトーリの姿が、遠くからでもよく見える。


 なぜ戻って来ると分かったのだろう。なんて聞けばトーリに筒抜けなので、ここは――。


「ムーテ!いたぞ、捕まえろ!」


「――絶対に、捕まえる」


 迫真の演技で司令を出せば、トーリたちはぴゅーっと逃げ出した。


 その横を、およそ、八歳とは思えない速度でムーテが駆ける。ジタリオほど速くはないが、これなら、国外へ逃げられるのも、納得だ。


 遅れてやってきた強風を全身に浴びて、両目を瞑り、ニーグを振り返る。


「……なあ。ムーテって、なんであんなに強いんだ?」


「バイオリンを作っておったからではないかの?」


「バイオリン職人が全員あの強さでいてたまるか」

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