第59話 ニーグ過去編-4

 ――が、結局。ルジ様は、ワシのすべてを見透かしていた。


 情報量で遥かに勝る相手を前にして、交渉になどなるはずもなく。完敗だった。


「命の石は、すべての命の源である水源そのものを材料に使ってるんだ。だからこれを埋めれば砂漠は潤い、魔族が攻め入る必要はなくなる。まあ、ニーグは知ってるか」


「ワシがどうして、まだ命の石を――不老不死の石を持っていると思うた?メルワートから聞いていたとて、すでに使ってしまっているとは思わなかったのかえ?」


 命の石はその身に取り込みさえすれば、不老不死になれる代物――つまりは、ワシが求めたもの、そのものだ。渡された段階で飲み込んでいてもおかしくはない。


 ルジ様は命の石を月明かりに照らしながら、この世のものとは思えぬほどの笑みを浮かべた。


「お前はいいやつだよ、ニーグ。だからきっと、使ってないと思った」


「……けっ。よく言うわい」


「はは、本当だよ。だって、俺の赤い目を見て驚きはしたが、不気味がったりしなかっただろ?それは、魔族への偏見が薄い証拠だ。魔族に憧れ、魔族を妬み、魔族を恐れるやつが、不老不死になろうなんて思うわけがない」


 あのとき妹が欲しがった不老は、今、この手にある。もしあのとき手に入れられていたら、きっと、妹はまだ若い姿のままだった。


 けれど。結局は、同じことだ。若いままだとしても、忌み嫌われることに変わりはない。ワシには、未来永劫、忌み嫌われ続ける覚悟は、ない。


「そんなに難しいことは考えておらぬ。ただ――老いても、綺麗だったからじゃよ」


 この歳になってようやく、そう思えるようになったというだけの話。あのとき、そう言ってやることができていたとしても、何も変わらなかっただろうが。


「よく分からないが――まあ、俺の美しさには敵わないだろ?」


 一瞬、何を言われたのか分からなくて思考が止まる。そして、


「わっはっはっ!あんたくらいの麗人が言うと嫌味にすらならんのう」


「俺、歳取らないしね」


「わーっはっはっ!よく言うわい!」


「いや、ほんとなんだけど。まあ、いっか。そういうことで、頼んだよ。ニーグ」


 命の石をワシの手に戻し、ルジ様は踵を返そうとする――。


「ちょちょちょ待って、待つのじゃ。え、何、どゆこと?」


「ん?お前の手で、砂漠の地下にそれを埋めるんだよ。見張りとかもいるだろうし、その辺は相談してくれ」


「え、埋めてきてくれるんじゃないの?」


「俺がそんなことするわけないだろ。俺は忙しいんだよ。甘えるな」


「ええー……」


 砂漠に赴き、砂を掘り、命の石を埋める。確かに、面倒だ。しかしワシもなかなかに忙しい身であるし。


「それに――間に合わなかったみたいだから」


「え?」


 ふと、外が騒がしいのに気がつき窓辺に駆け寄れば、あちこちで火が上がっていた。


「なっ……!」


 振り向くとそこにはもう、ルジ様はいなかった。手には命の石がある。だが、それでは、始まってしまった戦争を終わらせることはできないだろう。


 ――結局。犠牲は人間だけで二万を超え、終戦まで実に、二年を有した。戦争に勝ち負けなどないのだと身を以て知ることとなり、砂の魔国領を滅ぼす前に、魔族の長であるネイザーと交渉を行った。


 結果、魔族たちは砂の魔国領を捨てた。代わりに、ヘントセレナの南東の一部、水は豊富であるものの人間は誰も住んでいない土地を魔族たちに割譲し、水の魔国として独立することを認めた。


 砂の魔国はヘントセレナ共和国のものとなったが、とても人間が暮らせる環境ではなく、開発は進まなかった。


「スカルピオン。頼んだぞ」


「チー!」


 命の石は、スカルピオンに預け、砂漠の真ん中に埋めさせ、監視もさせた。後にルジ様から聞いた話では、あまりにも浅いところに埋まっていたため、何度か掘り返された形跡もあったとか。


「ニーガステルタ様、本当に勇退なされるのですか?残っては、もらえませんか」


「わっはっはっ。そなたでちょうど百人目じゃな」


 自分の何がそこまで内部での支持を集めたのか。ワシには、よく分からなかった。


「のう。どうしてそなたは、ワシが勇退するのが嫌なのじゃ?確か、そなたの友を一人、解雇したことがあったはずじゃが」


「……やはり、覚えていてくださったのですね。しかし、あいつが解雇されたのは、自業自得ですから」


「そうか――」




 皮肉にも、戦争が起こったあの年。


 ルジ様の音楽により国民の半数以上が、魔族に水を分け与えるべきと意思を表明していた。




 もう一日、待ってもらえたなら――いや。五年も待っていたのだ。魔族たちは。


「戦争もきっちり収まったことじゃし。老い先短いジジイがあまり出しゃばってものう」


「……分かりました。どうか、お元気で」


「そなたもの。あと、好いた女の子には、可愛いとか綺麗だとか、言葉にしておいた方がよいぞ、ジタリオ」


「なっ……!?」


「まあ、相手が相手じゃからのう。剣で射止めるのが一番かもしれぬがな」


「まったく、ニーガステルタ様は――」


「わっはっはっ!」


 それから三十年が経ち。時代は変わった。一人きりで過ごす日々の中で、花を育てることにした。風の噂で、また戦争が始まると聞いた。


 体は老いて、花を育てることもできなくなって。ようやっと、妹の気持ちが少しだけ分かった。


「たった独り老いていくのは、こうも寂しいものか――」


 明日が来ることを願いながら眠る日々を繰り返す最中、ルジ様とスカルピオンに再会した。


〜はしがき〜

ここまでお越しいただき、本当にありがとうございます。


いとも容易く、戦争を二週間止めたルジ。

それを止めたリア。

突然現れて消えたクレセリア。

悪いことしたトーリとレイ。

可愛いムーテ。可愛いニーグ(?)


と、見どころ盛りだくさんでしたね。次の見小出しで終演です!


最後までお付き合いいただけると幸いです。

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