第58話 ニーグ過去編-3
「ニーガステルタ。お前は、勘違いをしている。魔族は一ヶ月くらい飲まず食わずでも平気で動ける種族だ。三ヶ月くらい経つとさすがにキツいかな。そうでなければ、あんな何も無い砂漠を渡り歩いて種を繁栄させることなんてできない」
「一ヶ月……!?」
魔族は人間の三倍。つまり、人間が望むものを三倍、有していると、世間ではそう言われているが。水を飲まずにひと月も、人間は生きられない。
「全ての能力が三倍なんだから、必要な量はもっと少なくていいってことだ。……そんな魔族が、人間に助けを求めて、五年。人間たちはこう思うだろうな。『五年の間何もなかったのだから、大丈夫だろう』って」
そこまでの慢心はしていないつもりであったが、本当に反乱を起こすならこの五年の間に何か起こっているはずだと高をくくり、水不足により戦力を削ぐ作戦が効いているのだと考えていた。
「魔族にとっては、五年は我慢できる期間なんだよ。まあ、我慢できる限界、と言ってもいいかもな」
「つまり、あんたはこれから戦争が起きると、そう言いたいのかえ?はっ、馬鹿らしい――」
「起きるよ。間違いなく。そうじゃなきゃ、俺がここにいる理由がないだろ?戦争なんて、今もどこかで起こってるんだから」
胸がざわめくのを感じ、自分がどれほど、おめでたい頭だったのか、ようやっと気づいた。
そも、この神にも近しいお方は、本来、ワシなどがお目にかかれる存在ではない。――よほどの理由がない限りは。
「なあ、ニーガステルタ――」
「ニーグでいいわい。何が望みじゃ。言うてみい」
「お、なかなか話が分かるじゃないか。さすが、ヘントセレナを十年も治めてるだけはあるね」
「この十年が誤りだったと言うのなら、直ちに考え直す必要があるからのう。――それで、ワシに何を望む?」
ニーグの問いかけにルジ様は、くつくつと笑う。
「水が満足に得られないとね、人っていうのはここがおかしくなるんだよ」
とんとんと、ルジ様は指先で自身のこめかみを指した。
「魔族の死人は、脱水症状で出ているわけじゃない。――殺し合いだよ。ほら、人の体って、血が流れてるだろ?」
血は、水分だ。確かにそうだ。けれど、そんな異常な思考、普通はできない。
魔族だから――ではない。恐らく、人間ならもっと早く、同じことが起こっただろう。
「一気に飲むより少しずつ飲んだほうがいいからね。まずは手首を切って。その傷が塞がって一ヶ月が経ったら今度は肘まで――」
「もう、よい」
吐き気がする。切り捨てること自体は今さら何の感情も湧かないが、人体がむごい扱いを受けているのを語り部によって如実に想像させられるのだ。日頃考えないようにしているから、殊更に効く。
「魔族は回復力も高いからね。いい水筒なんだ」
あっけらかんとして語るルジ様は、何も感じていなさそうで――誰よりも、悲しんでおった。
「一人当たり一年くらいで限界が来るから、年に一人は死人が出てる。今はまだ、中途半端に理性が働いて、かえって頭がおかしくなってるからいい。でも、犠牲を考えないようになって、ごくごく水筒を飲み始めたら多分、気づく魔族が出てくる」
「この国を攻める方が早い、というわけじゃな」
「そういうことだ。人数は少なくても、魔族は強い。犠牲者は千を超えるだろうね」
「じゃがそれは、今、魔族に水を与えても同じことじゃろうて」
「まあそうだね。さすがに、恨みを買いすぎたかな」
「改めて問おう。何が望みじゃ」
にっと笑って、彼は言う。
「命の石を出せ。不老不死の石だよ。持ってるんだろ?」
この男は、どこまで知っているのか。自分の交渉術がどこまで通用するかは甚だ疑問だが、できる範囲で足掻こうと決める。
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