第56話 ニーグ過去編-1

 ワシには、妹がいた。その地区で一番かわいいと噂の妹が、物心ついた頃から自慢じゃった。


 かわいらしい容姿は成長するに従い美しさとなり、別の地区からその華を見に来るものがおるくらいであった。


 ――違和感を感じ始めたのは、十を過ぎて数年が経った頃じゃった。


 彼女の髪の毛に混ざる白髪の量が、一、二本では済まないほどになっていった。手や首や顔のシワが目立つようになった。


 その頃から妹は、急速に、老いていった。


 周囲から不気味がられるせいで人目を避け、引きこもりがちになった。


 二、三年が経つ頃、友人から手紙が届き、久々に嬉しそうな顔を見た。


 しかし、約束をし会いに行ったものの、自分が自分であることを信じてもらえなかった、母だと思われた、と泣いて帰ってきたこともあった。


 自分だけが老いていくことを嘆く彼女に、若く元気なままのワシは、ただ傍にいる以外、何もしてやれなかった。


 傍にいられると、妬ましくてつらいと告げられてからは、家を出て、顔を見せることもすっかり無くなった。


 妹を治す――不老を求め、ひたすら勉学に励み、医師を目指した。


 その最中、妹が老衰で亡くなったと、便りが届いた。齢二十二の冬だった。


 当時、二十四のワシは、医師を目指すことをやめた。が、不老を諦めたわけではなかった。


 ただ、不老を目指すのに、まともな医師では足りないと気づいたのだ。


 必要なのは、権力と人脈、それから、莫大な資産。それらを求めて政治の道へと入った。


 舞い込む縁談は全て断った。


 不老という目的のために、手段は選ばなかった。選ばなければならないほどに守りたいものは、もう何もなかったから。


 表では豪快でからっとした人格を演じながら、裏ではメルワートを始めとする、実験に協力してくれる研究者たちに金を回していた。


 研究報告書のすべてに目を通し、実験の前にはすべて相談するよう言いつけた。


 ――ある日、メルワートから、人体実験を提案された。老いない魔族を試験体にすることで、不老に近づけるのではないかと。


 それからはしばらく融資を打ち切ることとし、二度と犠牲を出すような研究はしないよう、固く、命じた。命令に背いた者は切り捨てた。



 ――結局、手段を選ばないほど、残忍にはなれなかった。何もないというのに、自分の良心を裏切ることすらできなかった。


 妹の死が頭をよぎったから、なんてことは関係がない。妹はこの世界にたった一人しかいない上、もうこの世にいないのだから。そもそも、今さら不老を目指したとて、意味がないのだ。


 求めるものを求め続けて、首相の座にまで上り詰めた。しかし、何も捨てられないワシには、何も得られるものはなかった。


 首相になって五年ほど経った頃――砂の魔国の長であるネイザー氏からとある依頼が舞い込んだ。


「砂漠のオアシスが枯れてきている。昔より人数も増えていて、とてもじゃないが水不足に耐えられない。少しでいいから、水を分けてはもらえないだろうか」


 そんな旨の便りだった。


 魔族の老化速度は人間の三分の一、身体能力は人間の三倍とされる。人数が増えるばかりだとしても、必要な水は人間の三分の一でよいはず。


 隣の広大な砂漠をすべて砂の魔国領とし、そうやって今まで、少なくともワシの知る限りは何も問題なく、やってきた。


 それに、人数の増えた魔族たちに水を与えて強くなられては、自国の平和が脅かされる。



 ――何より、それほどまでに老いることを知らない彼らが、どうしても、受け入れられなかった。

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