第54話 再会!

「トーリ、力持ちだねー」


「ああ、そうだな」


 トーリに腕を椅子代わりにしてもらい、肩の辺りにもたれかかるようにして、僕は外に出る。手には紙と鉛筆を握って。


 最初はおんぶしてもらおうかと思ったが、折れている肋骨がどの程度治っているか不明で、つんと確かめた結果、トーリが痛がったら可哀想なのでやめた。


「へえ、外ってこんな風になってるんだ。壁ばっかだね」


 大人たちは訓練をしている様子だ。少なくとも、楽しいところではない。


「まあ、軍の施設だからな。本来、オレたちが入れるような場所じゃないんだ」


「へー!なんか、わくわくしてきた!」


「オレは変な動きをしたら撃たれそうで怖い」


「ダイジョブダイジョブ」


 堂々としていた方が、撃たれない。まあ、撃たれたらそのときだ。


「でもこれじゃあ、敷地の外には出られないね」


「さすがに、オレが魔族だってバレるからな」


 魔族のトーリは力持ちで、僕をひょいと持ち上げられるが、僕は同じことをトーリにはしてやれない。


 いや、そうじゃなくて、警備が厳重だという話だったんだけど――って、ん?


「……って、あれ?トーリが魔族だって、ここの人たちみんな知ってるの?」


「何人かはな。知らない人もいるが、絶対に隠してるってわけじゃない」


 どっちにしろ、赤い目は不気味がられるから、頭巾は外せない。陰では悪口を言う人間だっているはずだ。


「トーリ……ごめん」


「何が?」


「だってトーリは、耳がいいから。その……悪口とか、聞こえちゃうじゃん」


 トーリに内緒の話をしようと思ったら、寝ている間に話すか、遠く離れた雑音のあるところで小声で話すしかない。加えて、寝ている間の音すらたまに覚えていることがあるので、気は抜けない。


 陰口なんて全部聞こえているに決まっている。たまにトーリが傷ついているのが、なんとなく伝わってくるから。その内容が一言一句分かるわけではないのが、悔しい。トーリは盗み聞いたことは、絶対に教えてくれないし。


「そんなこと気にするな。世の中にはもっと、苦しい思いをしてる人がいるんだから」


「ああ、先週のアレとか?あのときって何があったの?」


「かくかくしかじかで――」


 何日か前、生まれて初めて味わうような大きな衝撃が走った。


 話を聞けば分かったが、ムーテの母親の様子に狼狽えたのだろう。けれど、トーリはすぐに、立ち直った。そう、怯みはしたが、自力で立ち直ったのだ。


「やっぱり、すごいなあ」


「な、ムーテってすごいよな」


「ムーテもだけど、トーリがすごいんだよ」


「オレ?」


 トーリから降りて、ゆっくりと、肩を借りながら、自分の足で歩く。


「うん、すごいよ、トーリは。僕だけじゃなくてみんなに優しいし。僕よりずっと落ち着いてて大人だし。賢いし可愛いしいいにおいするしくんくん」


「ひぇ」


「それに、あれが嫌とか、これが欲しいとか、わがまま言わないし。顔にも出ないし」


 僕は、いつも、わがままばかりだ。全部顔に出ちゃうし、こんなに、全身ボロボロになったのだって――。


「いや、バイオリン作りたいってわがまま言ったばっかだろ」


「それでもトーリは、ルジがダメって言ったら諦められるじゃん」


「……オレは、レイの方がすごいと思う」


「え?」


 運動もできる。頭もいい。魔族だからきっと、魔法も上手に使える。


 赤い目も白い髪もかっこいいし、耳がよく聞こえるのも、特別でいいなって思うし。


 他の子どもたちよりも大人びてるし、趣味は読書で僕には読めない本をサラサラ読むのがすごいと思うし。




 同じ日に生まれて、同じように育てられてきたはずなのに。


 でも、当然だ。だってトーリは、魔族なんだから。




 ――トーリが、羨ましい。


 僕より全部、トーリの方がすごいに決まっている。僕のほうが優れているところなんて、あってはならない。


「でも、ルジだってきっと、僕よりトーリの方がお利口さんだって言うよ」


「……なあ、レイ。ルジのことだが、その」


 トーリが言いづらそうにしているのを見て、覚悟を、決める。


 ルジは僕のことなんて知らないと言ってから、本当に一度も、ここに来ていないのだ。


「ルジ、やっぱり怒ってた?」


 そう問いかけると、トーリはきょろきょろと辺りを見渡したあとで、耳をそばだてる。


「……近くにルジがいないから言うが」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る