第52話 バキバキ
「お前たちが一番最初にやるべきだったのは、回復魔法の鍛錬だ。七年間、回復魔法だけ磨いていればそのくらいの欠損、すでに治しきって立っている」
「回復魔法なんて、気休めにしかならない。よほど才能に恵まれていない限りは――」
「そういうところだよ、リンシャク。……さて、そろそろ痛みが効いてきたんじゃないか?」
動きを封じられ冷静になれば、脳内麻薬の効果で痛みを無視できていた者たちがうめき始める。
「リンシャクが戦争なんてしない、と言ってくれれば、一番楽なんだが――」
「それはできない相談だ」
「まだ許せないか。……まあいい。それなら、分かるまでやるしかないな」
満身創痍のリンシャクに馬乗りになる。まだわずかに飛んでくる魔法も、俺に効かないと分かると、次第に止んでいく。
「なあ、リンシャク。俺にお前を殺す気がないと、そう言ったな?」
「あなたが本気で殺すつもりなら、もう全員、死んでいる」
リンシャクは魔族たちの意思を統一させた男だ。その執念に関しては、水の魔国の誰よりも、強い。
「そうか。じゃあ、加減を間違えたら、すまない」
まずは一発。右から脳震盪を狙っての頭への打撃。
「かはっ……。ぐ、この程度――うっ!?」
少し強めに左から。思い切り殴りすぎると、頭が取れてしまうので気をつける。
自らが加わらなかった戦争で犠牲となった者たちへの罪の意識が、そうさせているのだろう。きっと、責任感が強く、諦めの悪い魔族なのだ。
「私の心は決して、折れない!」
が、所詮は魔族。人の子だ。
「悪いが、折れてもらう」
「強さで言えばそちらが遥かに上なのは理解した。――が、我々の使命は、理不尽な暴力ごときには屈しない!」
「使命。使命、ねえ……。全員死んだら、後世に何も残らないようなのを、使命と言うか。笑えるな」
同じ強さで、同じ速さで、同じ所を、機械的に殴り続ける。
そこに感情などない。道端の小石を意図せず蹴り飛ばしてしまうのと同じようなものだ。
右。
左。
右。
左。
右。
左。
右。
左。
右。
左。
「ばっ……!」
右。
「こうさっ――」
左。
右。
左。
右。
左。
右。
左。
右。
左。
右。
「やめ……っ」
左。
右。
左。
右。
左。
右。
左。
右。
左。
右。
左。
右。
左。
右。
左。
「ラウ!」
右。
左。
「ラー……。フーッ!」
視界に何かが飛び込んでくる。魔法か何かだろうか。目を狙ってきているようだが、さすがに目をやられるのはマズいから、対処しなくては。
避ける、振り払う、力をぶつけて相殺する、弾いてリンシャクに当てる――。
「ラウラー!!」
はっと、リアの声で我に返り、向かい来る彼女を受け止める。
眼下のリンシャクを見下ろせば、話すのも苦しそうなほど腫れた顔を左右に振って、
「やめ……て……くだ、さ……。ごめ……な、さ……い……」
ほとんど開かないその目に、刃向かう意思など、一欠片も残っていなかった。
***
「ラウラーア?」
リンシャクが折れたということは、戦争はもう起こらないということなのかと、リアが問うてくる。
「まあ、俺としては二週間持ってくれればいいだけなんだが。――そう簡単にはいかないだろうな」
彼が折れたことで、数日は混乱のうちに過ぎるだろう。けれど、二週間もあれば、あらゆる準備が整ってしまう。リンシャクでなくとも、率いることはできるのだから。
「ラウ……」
「リアは優しいね。俺としては、結構あっさり折れてくれて助かったよ。これでやっと、少し休める」
「ルゥー」
「あいつの使命とやらより、俺の方が強かったってだけの話だ」
別に、戦争をやめろ、と言っているわけじゃない。ただ、二週間待ってほしい、とお願いしているだけ。
それを押し切ろうとしたのだから、自信だけはご立派なことだ。
「ラウ」
「いやあ、屈しない!って言ってたから、ちょっと強めに、と思ったけど、やりすぎたかも」
「……ラ」
あんなことをすると、また化け物扱いされるわよと、リアが告げる。
「まあ、人間でも魔族でもないし、化け物って言われても仕方ないのかもしれない」
昔は、化け物なりにも仲間がいたが、今は、一人だ――。
肩に乗ったリアが、頬ずりをしてくる。その背を撫でると、少し、落ち着く。
「疲れたな――」
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