第51話 全治一年
川に水を流す部隊が一三三、地下に怪しい気配が六十八。その他、国境付近に精鋭が十。
水の魔国は全部で二六七。引けば、五十六人。この場にいる魔族の数だ。
「恐れるな!我々はこの七年間、研鑽を積んできた。いくらルジ様とはいえ、我ら全員を相手にして敵うはずがな――なにっ……!?」
誤算だったのは、レイが怪我をして歩けなくなったこと。さすがの俺もそんな想定はしていなかったので、レイが言っていた、計画を崩されたから怒っている、というのはまったくの的外れというわけでもなかった。
だが、そもそも巻き込んでいるのはこちらなので、怒ってはいない。
「……我に従うものは、我の後ろで目を瞑っていろ。決して、動くな」
ネイザーの発言に真っ先に応えたのは、一番幼い男の子だった。それを見た数人が後に続き、五十六の敵が四十八になった。
俺の両肩には、今しがた、川で拾ってきた魔族たちを折りたたんで積み重ねている。それをメルワートの車のように、棄てる。
「さて。ネイザー、リアを頼んでもいいかな」
「ああ。罪のない命を無駄に奪うことはしたくないからな」
俺を見て争わないことを決めた王の腕に、大切なリアを託す。
「ラウ……」
「すまない、リア。この手を
――二週間というのは、レイの足がある程度動くようになるまでの期間だ。メルワートに二人を預ける前にある程度は歩けた方がいいだろうから。
複雑骨折に関節骨折など、そのままでは一生、歩けなくなる可能性が高い部分についてはあの日治療しておいた。
ただ、完治させてしまうと俺が治したことが騎士団の全員に知られることになるし、何より、レイが学ばないだろうから、ある程度は残した。
大体、二週間もあればゆっくりとだが、歩けるようになるはずだ。ついつい、治しすぎてしまったが、それが功を奏したとでも言うべきか。
「腑抜けな王め。――さあ、行くぞ!」
「うおおおお!!」
なのでまあ、
「ぐほぁっ!?」
指揮官――リンシャクのあばらを拳で撃ち抜き、砕く。
二週間は、攻めて来られては困る。さすがに戦争が始まる前には、二人をメルワートの研究所に預けないといけないから。
「じゃまあ、血の気の多い奴ら全員、全治二週間くらいになってもらおうか。――ああ、回復魔法があるから……全治一年くらいの方がいいな。当然、魔族基準でね」
トーリとムーテはニーグのところに、レイは騎士団に預けてある。今なら、保護者としての役目を問われることはない。
「かはっ……。まだこちらが何もしていないというのに卑怯な……!個の力では勝てない!連携して向かえ!」
リンシャクの指示で五人ほどにまとまって、向かってくる。
どんなものかと様子見をしたいところだが、こちらも、魔力を使い果たしており、そんなに余裕がないので。
「ぐわあああっ――!?」
向かい来る五十くらいの片腕を、肩からザクッと、ほぼ同時に見えるであろう速度で切り落とす。
「連携が遅いな。できるだけ利き手じゃない方を切ったつもりだけど、違ったらすまないね」
肩から先の切り落とした方は、血煙になるまで細かく刻んでおいた。くっつけられてしまうと、再生が早くなるから。
血を払い、刃物を夜空に掲げる。刃こぼれしないよう骨を真正面から叩かず関節の合間を縫うように切ったから大丈夫だとは思うが、一応、確認だ。
「よし、大丈夫そうだ――」
「てやあああ!!」
背後から迫るリンシャクの風魔法を、後頭部でそのまま受け止める。
「なっ……!?」
「そんなものが俺に通るわけないだろ。チリリン……巨大サソリの尻尾の方が固いんだから」
「じゃあ、避けずに受け止めたのは――」
二週間前に、俺がこの刃物で風の刃をくるくる回して受け止めたときの話だろうか。あんなものを見て俺の実力を侮るなんて、底が知れる。
「服が傷つくからな。まあ、髪はすぐに生えるから問題ない」
ひと撫ですれば、元通り。不老というよりも、姿形がまったく変わらない、と言った方が正確かもしれない。
「ば、化け物……」
「化け物って言われると傷つくからやめろよ!誰だって、化け物扱いされるのは嫌だろ?人の気持ちを考えて発言するように。いいね?」
怯えきった目が、言葉にせずともすべてを物語っていた。茶化そうとしても、雰囲気で押しきれないほどに、恐れられていた。
化け物と呼ばれるほどに異端であるつもりはなかった。けれど、それはこれまで、人との関わりを極力避け、力を隠してきたから。
だとすれば俺は、千年前から、化け物だった。
――きっとこれは、音楽を捨てた代償だ。
まあ、誰も俺を信じないように、俺だって誰も信じちゃあいないのだが。
「さて。魔族なら片腕くらい、魔法で三日もあれば生えるだろ」
「三日で失った四肢が生えるか……!」
「あ、そう。まあ、二週間はかからないだろ?じゃあ、もう一発ずつ、入れておかないとな」
数人が今さら、ネイザーの後ろに隠れ、目を瞑るが、彼らも含めて両足を掴み、捻り、ボキボキと折ってその骨を粉々に砕く。
「うあああああ!?」
「こんなので叫んでどうする。お前たちがしようとしてるのは、戦争なんだろ。今ならまだ、誰も死んでない。――進めば、これよりもっと痛い目を見ることになるぞ」
「戦意を喪失した者にまで手を出さなくていいだろう!」
リンシャクが掠れた声で俺を睨みつける。
「はっ。一度、刃を向けた者を、信じろと?それは無理だろ。――さて。足の骨は全治一年と言ったところだが、まだ、目に光のあるやつがいるらしい」
痛みでは躾にならない、あるいは、戦前の高揚で痛みをあまり感じていない者たちがまだ残っている。
辺りから聞こえるうめき声に、ネイザー側の魔族たちがそわそわと落ち着かない様子だ。
「あ、目を開けたら、敵意があるとみなすからね」
この場でこっそりと目を開けることのできてしまう者も、俺には信用できない。気づかれないと思う邪心がある時点で、俺を倒すことを考えているも同義だ。
「さて。魔族は心が折れやすいから、楽でいい」
「お前たち!この程度で屈してどうする!相手に我々を殺す気がない以上、有利はこちらにある!魔法を止めるな!」
リンシャクは、気概だけは人並み以上にあるらしい。発破をかけられ、何人かが魔法を使って攻撃してくる。四肢を失っても、生きてさえいれば、誰にでも魔法は使える。
服が燃えると面倒なので、火の魔法はすべて素手で受け止め、消火。風魔法は指で回して受け流す。土魔法は固くて脆いため踏み潰すか、殴打して砕く。水魔法は――貴重な水をさすがに使いはしないようだ。
「魔法に頼った戦い方だな。恵まれた身体能力を活かすことは考えなかったのか?魔族が人間に負けるのは、つまり、そういうところだ」
魔族は総じて、伝統を重んじ、古いやり方に固執する傾向がある。良し悪しはあるものの、まったくの無駄ではない。
だというのに、たった七年しか使っていない魔法が自分たちの最大の武器だと思い込んだ時点で、負けている。
「四肢のうち三つも奪っておいて、何を言ってるんだ……?」
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