第44話 二匹
「魔族と人間の子など、それだけでも珍しいというに、双子……それも、魔族と人間の間の子じゃと……!?」
「子どもは魔族と人間のどちらだと思う?」
「魔族は卵生、人間は胎生っる……母親の種族に依存、いや、あるいは――」
「一匹ずつ、と言ったら?」
メルワートの赤い瞳が、星を散りばめたようにキラキラと輝く。
「欲しい――」
「メルワート様、落ち着いてください。どんな条件を提示されるか分かりません。最悪、研究所がなくなりますよ?」
「構わん」
「……そう言うと思いました」
ハミラスが警戒心剥き出しで俺を睨みつけてくる。
「それに、大方、クレイア様とミーザス様のお子っちぇり?」
「クレイア様とミーザス様って――あの、原初のお二人のことですか……!?」
――その名前が出ると思っていた。
「よく分かったな」
「もの好き同士の可能性もなくはないがぬ。ルジ様が直接所有しているとなれば、それしかないつ。……して、お二人は七年前のあの日に、亡くなられたのかっき?」
そのやり取りだけで本当に聞きたかったことは知れた。あとは交渉だけだ。
「俺の口から語らせる気か?」
「すまんちすまんち。……しかし、お二人が死んでおるなら、ルジ様も――」
「本題に入る。これだ」
背嚢から取り出した命の石を、机の上に転がす。ハミラスはそれをじっくりと三秒間見つめて、飛び退る。
「うわあっ!?メ、メルワート様、これって……」
「ほう、懐かしい物を持っておるのう。まさかもう一度、この手に戻ってくるときがあるとはな」
メルワートが不用意に命の石を手に取ると、ハミラスがあわあわと手を出して受け止める準備をする。
「メルワート様が作った、命の石、ですよね……。取り込むと不老不死になれるっていう、あの、伝説の!」
――そう。命の石はメルワートによって作られた、不老不死になるための魔道具だ。落としたら死ぬのは副作用であり、本来の効能ではない。
「ま、わそにとっては失敗作にゅ。不老不死などなりとうないしぁ。……そいで、これがどうしたっばち?」
「単刀直入に聞く。――これを、二つに増やすことはできるか?」
「ふむ。偶然の副産物じゃけい、もう一度、同じものを作るっちゃー、難しいなん。こったら科学ではのしし、いわば魔法乱数の瑕疵、悪い虫が作ったようなもの――」
「俺は、できるかできないかを聞いてるんだ」
メルワートはにっと笑う。
「できる。この世のすべての奇跡は科学的に証明可能なものだけわい」
「分かった。とりあえず、二匹は機を見て預けに来る。命の石を二つに増やしてくれれば、その先は何をしてもいい」
「何をしても……!?」
「それまでは大切に扱えよ。くれぐれも、部下たち含めて、暴走しないように首輪をつけておけ」
「ハミラス!何をしてもいいじゃ!何をしてもいいっみ!!」
交渉成立、となりかけた、そのとき。
「待っっってください、メルワート様。……本当に、この交渉に乗るんですか?命の石をもう一つ作るなんて、そんなの、不可能です」
「現に完成品がここにあるじゃろうて」
「確かに、魔族を人間にする研究の過程で、双子が魅力的なのは分かります。でも、命の石をもう一つ作っている間に、メルワート様の命が尽きてしまう!そうなれば、双子の研究どころか、他の研究すべてが停滞します!」
「むむ、確かに、一理あるにょ……」
「俺の気が変わる前に決めろよ」
ぐびぐびと紅茶を飲み、角砂糖をそのまま食べるメルワートは、かなり悩んでいる様子だった。そっと、俺の口をつけていない紅茶を差し出せば、それもぐびぐびと飲み始めた。
正直、断られるとは想定していなかった。相手がメルワートだけのつもりで、ハミラスなる少女がどんな性格かなんて知る由もないのだから、当然だが。
「メルワート様、冷静に考えてくださいね。こちらに益があると見せかけて、両方ともルジ様からの提案です。別の利益がある可能性も捨てきれません」
「そうじゃな……。であれば、こちらからも一つ、条件を提示したい」
――面倒なことになった。
「聞くだけ聞いてやる」
「ちとばかし、強力な魔法圧が必要な実験があってぬぉ。多量の魔力が必要になるゆえ、充電に時間がかかる。ルジ様に助力願いたい」
正直、今、最もされたくない提案だ。レイノンに治癒魔法をかけたばかりだというのに。
「報酬は?」
「ここは、分かりやすく金銭、というのはどうかに?旅をしてきたなら、両替もできぬこの国の貨幣は持っておらぬじゃほほ」
――この国の貨幣は、俺が今、一番欲しいものの一つ。
戦争が起きようと起きるまいと、冬はこの国で越すしかなく、それまでニーグに頼りきりというわけにもいかない。レイノンの治療費などもかかることを考えると、持っておいて困ることはない。
その上、魔法圧をかけるだけでお金がもらえるなら、普段の俺に断る理由などない。怪しまれる危険性も考えれば、乗るしかない、か。
「この国の相場を見てからでもいいか。生憎と、まだ来たばかりで、お前に安く見積もられても気づかないからな」
「そのときに双子も連れてきていただける、ということっちゃの」
「ああ」
次にメルワートに会うときは、二人を連れて来なければならなくなった。まあ、大した影響はない、か。
「交渉成立っぱい!」
「では、魔法契約書に署名を」
ハミラスが光の紙を宙に浮かせる。魔法契約書だ。言霊による拘束力を持つ契約書であり、お互いの魔力を担保にするため、口約束より確実に守られる。
契約を破れば、言霊に魔力を吸われ続け、いずれは、死に至る。
そこまでやるとは思っていなかったが、ハミラスという女は、メルワートの勢いで動く特性を上手く補っているらしい。
かなり面倒なことにはなったが、まあ、問題ないだろう。
とどのつまり、俺がレイに怒ったのはこの契約を成立させるのに二匹ともが必要だからだ。
***
それはさておき、ラスピスがおかしくなったのは、俺の音楽のせいだということ。こういうことは別に、初めてじゃない。
音楽に戦争を止める力はなくとも、人を狂わせる力があるのは確かだ。
「つまり、すべて魔族のせいだと?」
ジタリオがいつもの柔らかさをどこかへと隠し、騎士団長らしく鋭い眼差しで俺を見てくる。
音楽の部分については、誰の音楽かということは伏せてある。トーリに聞こえるところで俺の音楽が戦争を起こしたとは、言いたくない。
「確かにメルワートは魔族だが、最も悪いのは、ラスピスに戦争が音楽で止まると思い込ませたやつだろ。結果、音楽が、戦争を引き起こしたんだ」
外交の顔を失ったこの国は、魔国とのやり取りもろくにできぬまま、滅ぼされようとしている。
「それは――」
「とにかく。話してやったから満足だろ。一つ、頼みを聞いてくれ」
「……なんでしょうか?」
またしても露骨に話を変えたが、ジタリオは追及してこなかった。
「レイの一件で、今、俺の魔力が空なのは知ってるよな?もう一回同じようなことをされると、さすがにしんどいんだ」
「あれだけ言われればさすがに、レイノンくんもやらないんじゃ……」
「甘いな。あれは、絶対にやる。間違いなく。――ジタリオさんにお願いしたいのは、行動に移そうと思わせないこと、だ」
俺がこの七年、レイを見てきてそう思うのだから、間違いない。
「つまり、遠くから見守るのではなく、常に人の目があることを意識させろ、ということですね」
「そうだ」
「分かりました。お引き受けいたします」
ジタリオなら、安心だ。……騎士団長様にこんなことを任せていいのかどうかは分からないが。
「私からももう一つ、お願いしたいことがあるのですが」
「ぐっ……。聞いてから考える」
ジタリオがくつくつと笑う。俺が困っているのがそんなに楽しいか。
「では――無事にレイノンくんがあなたのもとへ帰ることになった暁には、私と手合わせ願えませんか?」
何を言い出すかと思えば。
「いいぞ。でも、急にどうした?」
「……先ほど、ラスピス様を見て、己の弱さを実感しました。確かめたいのです。私がただ、死に慣れてしまっただけなのか、初心のままでいられているのか」
本当に、面白いやつだ。さっきラスピスの豹変した姿を見てへばっていたのと同じやつとは思えない。まああれは、俺にもまあまあ効いたので、人のことは言えないが。
「二度と剣が握れなくなっても文句は言うなよ?」
「そうならないよう、精進します」
〜はしがき〜
ここまでお越しいただいた読者の皆様、いつもありがとうございます。一節も次々と重要な事実が明かされてきて、ここから物語は結末に向かっていきます。
それでは、第一節「空色のバイオリン」。
ぜひ、最後まで、お楽しみください。(一節の大見出しは途中でつけたので知らない方もおられるやもしれませぬので、ここで周知しておきます)
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