第40話 バイオリン工房
居間に戻ると、ジタリオとトーリが並んで話し込んでいた。こちらに気づいたようで、会話が止む。
「二人とも、ごめんね。迷惑かけて」
とムーテが謝る。
「……いえ。こうなるまで様子を見に来なかった私にも責任があります。ムーテ様お一人にお世話を任せてしまって――」
「本当にね。お母さんが公務を退いてから、誰も、一度も来てくれなかったよね。まあ、権力ってそんなものなんだろうけど」
黄色の毒が、嗤う。今さら謝られたところで、腹が立つだけ。ジタリオはそれでも、謝るべきだと思ったのだろう。頭を垂れたまま、顔を上げなかった。
「なあ、そんなことより。ムーテの部屋!マジですごいな!」
「え?」
トーリが頭巾越しにも分かるほど、頬を上気させて言う。
「バイオリンの図案とか、木を切ったり削ったりする道具とか、見たことないものばかり置いてあって――職人の部屋って感じだった!」
「えっと……」
音符のような瞳の中心がくるくると回る。あのムーテを何回、動揺させれば気が済むのかと、笑わずにはいられない。純粋で素直なトーリには、姫も勝てないか。
「あ、ごめん、勝手に入って……。ジタリオさんが心配だったから、つい」
「――説明してあげる。おいで」
「いいのか!?やったーっ!」
二人とも楽しそうで、何よりだ。
そんな二人がムーテの部屋に入ったのを見て、俺とジタリオは偶然にも、同時にため息をつく。が、ため息の理由には触れず、本題に入る。
トーリには、楽しいひとときに水を差すことになってしまって申し訳ないが。
「騎士団の方に、メルワートが開発した新型魔法兵器についての情報は入ってきていますか」
「なぜそれを……。ええ、ラスピス様が支援を行い完成した魔法兵器があります」
「それは、ラスピスイーター――レイが捕まえたあの黒い蝶ですね」
ジタリオは視線をそらして、苦い顔をする。
「正確には、ラスピスイーターをもとに作られた魔法兵器。作成数は千近くにもなります。騎士団の隠密兵が研究室から脱出した個体を総出で捜索していましたから、恐らくは、それでしょう」
「あんなのが千匹も放たれたら、まず間違いなく、人間が負けることはないでしょうね」
目を開けられない魔族は、人間に殺されるか、あるいは、それでも目を開けようとして眼球を食い破られ、出血の広がる限り食い散らかされるか――。
赤い目を持たない人間にとっては、最強の対魔族用兵器と言える。
「しかし、ラスピスはどうしてそんなものを……」
「もともと、戦争に断固反対を掲げていたラスピス様が、メルワート様に協力するとは、到底思えませんでした」
俺もその認識だった。
「――そのときにはすでに、心が壊れていたのかもしれないな」
ジタリオがつつかれたように前のめりになり、俺の顔をまじまじと見つめてくる。
「思えばあの頃、ムーテ様の様子が少しおかしかった気がします。それから少しずつ、ラスピス様の様子もおかしくなって」
「原因に心当たりは?」
ジタリオは首を横に振り、しかしてぽつりと呟く。
「……何者かが、作為的に起こしたのではないかと。それまでは、お元気なご様子でしたから」
沈んでいた様子のジタリオの茶色の瞳が鋭く光り、俺を見つめる。
「それで。本当のところはどうなんですか?」
「本当のところ?」
「惚けないでいただきたい。ラスピス様がこうなった理由、ご存知ですよね」
――つくづく、敵に回したくない男だ。
「分かってないな。こういうのは、惚けるところも含めて様式美なんだよ。……ですよ」
俺の言葉使いに対して、ジタリオが首を降る。
「私は気にしませんよ。どちらかと言えば、ムーテ様に対してはある程度の態度を取ってほしいところですが――あまり言い過ぎると、ムーテ様の機嫌を損ねてしまいますからね」
「そう言ってもらえると楽だ。あいにくと、慣れていなくてな」
「代わりに、本題の方にはしっかりと、答えていただけますよね?」
「……少し、長くなるぞ」
ラスピスが精神を病んだ理由。昨日、メルワートから聞いたことをできうる限りで、話すことにした。
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