二 動き出す歯車
第28話 伝言
〜ここまでのあらすじ〜
戦争を止めるべく、その内情を探るルジは、精神を病んでいる首相の代わりに、その娘であるムーテから、メルワートという科学者が魔法兵器を人間に提供していると聞き出す。本当はその目的まで聞きたかったが、叶わずじまい。
またムーテから、ルジは音楽で戦争を止めたことがある、という旨の指摘を受け、歴史上一度たりとも音楽で戦争が止まったことはないと答えるルジ。かつて、
他方、別行動のレイ、トーリ、リア、チリリンたちはラスピスイーター(赤食い蝶)に襲われる。その最中、ラスピスイーターと仲良くしたいと語るレイは、自らを囮とするべく高速で移動するチリリンから飛び降り、大怪我を負う。ラスピスイーターの捕獲には成功したが、果たして。
***
「――レイノン・ミーザス。聞こえますか?」
男の声だった。聞いていると安心して、眠くなって。意識はほとんど手放しているようなものだったけれど、不思議と声ははっきりと聞こえた。
「さあ、目を開けて。私を見て」
まだ眠たかったけれど、起きなければという気になって、まぶたを開く。どうやら、黄金がかった白い雲の揺りかごの上に立っているらしかった。
見てと言われた方には、桃髪を背丈ほど伸ばした、黄色い瞳の男がいた。
「僕、死んだの?」
「それはこれからあなたが決めることです」
「僕が、決める――」
白いほどに明るい空。星空を閉じ込めたようなりんごに、青と白の葉が織りなす木。
少なくとも、ここが僕の知っている世界でないことは、すぐに分かった。
「私は主神マナ。あなたの住む世界を作った、四人……四柱の一柱です」
「僕は、レイノン。……ミーザス、は知らない」
「――そうでしたね。それは、あなたが大切にされている証拠です」
「大切にされてるって……ルジに?ルジは、そのミーザス、っていうのが何か、知ってるの?ルジは、嘘と隠し事ばっかりで、僕たちにはなんにも教えてくれないし。お父さんとお母さんのことも、ルジからは聞いたことないし。友だちだったとは言ってたけど……ルジは、僕のことなんて、何とも思ってないどころか、重荷に感じてるんじゃないかって――」
薄黄色の柔らかい眼差しは、つい溢れ出てしまった僕の言葉を、最後まで聞いて、受け止めてくれた。
「いつか、すべての答えが分かるときが、必ず来ます。生きてさえいれば」
僕は、知りたい。ルジが背負っていることのすべてを。何を考えているのかを。
――だって。トーリが大切なのと同じくらい、ルジの望みだって、叶えてあげたいから。
「道は決まったようですね。それでは、あなたに天啓を授けます」
「てん、けい……?」
「彼が正しい道へと進めるように。あなたに導いてほしいのです」
「導く――僕が、ルジを」
そんなことが、僕にできるだろうか。
「でも、僕がいなくても、トーリがいるし……」
「トーリス・クレイアにしかできないことがあるように、あなたにしかできないこともありますよ」
「僕にしかできないこと」
そんなものがあるとは、思えないけれど。
「その最も分かりやすい形として、天啓を授けます」
「それがあれば、ルジを導けるの?」
「いえ。天啓などなくとも、あなたは十分、彼にとっての支えとなっています。この天啓は、運命に載らなかったあなたに渡しそびれた、ほんのささやかな贈り物です」
「運命――?」
「目が覚めたとき、ここでのことはすべて忘れているでしょう。――ですが、あなたがミーザスの意味を知るとき、彼に伝えてほしい言葉があるのです。どうか、
「いいよ。伝えてあげる」
「ありがとうございます」
桃色のまつげがふんわりと弧を描く。
「『――魔法契約はまだ、続いている』。そうお伝えください」
その言葉を最後にぷつんと、意識が途切れた。
***
『はぁ、はぁ……っ、レイ、戻ってこい……!』
『すごい……。でも、そんなことしたら、るじが』
『俺はいい。それよりムーテ、誰か魔力を分けてくれるやつがいないか探してきてくれ――』
視界がぼんやりしていて、何度か瞬きするうちに、もとに戻ってくる。――泉が湧くように少しずつ、直前のことを思い出してくる。
寝台の傍らでトーリが腕を枕にして眠っていた。頭巾で顔は見えないが、間違いなくトーリだ。
「トーリ……うっ」
目元の涙を拭ってやろうと手を伸ばすと、ビリっと全身に電気が走ったような痛みがして、元の姿勢に戻らざるを得ない。
トーリの貴重な涙を採取、あるいは味見しようと思ったのに。無念。
「てか、目が覚めちゃったかあ……」
「ぺちっ」
「あいてっ」
反対側にリアもいたらしく、ネコパンチされてしまった。
「チリリンとピスパクは?」
「ラウラー」
「あ、ごめん、何言ってるか分かんないや。ルジもその辺にいる?」
「ルゥ……」
リアは、しゅーんと落ち込んだ様子だ。
「ありゃ、いないんだ」
窓の外を見ればすっかり朝になっていた。広い窓からはあたたかい光が差し込み、帳を挟んで同じ寝台がいくつも並んでいる。消毒のにおいが鼻をつくことに気がつく。
「病院っぽいな。……まあ、ルジのところまで行ってたら、間に合わなかったかもしれないし、ってことなのかな」
――別に、間に合わなくたってよかったけど。
ルジは僕たちに本心を言わないが、心の底ではきっと、僕がいてもいなくても変わらないと思っているだろうから。
「ラウ……」
三回扉を叩く音がして、静かに開かれる。入ってきたのは、看護師さん……ではなく、鎧を身にまとった男の人だった。髪は金髪で目は茶色。背中には緑の外套を羽織っている。なんとなく、どこかで見覚えがあるような。
「目覚めたか、少年」
「少年、目覚めたよ!元気!」
男の目がわずかに見開かれる。それから、くしゃっと破顔した。
「ハハッ、そうか。丸二日も眠っていたとは思えない元気さだな」
「まるふつかぁ?」
「ラウ、ラウ」
リアの顔をじっと見て、男の顔をもう一度見ると、少し困ったように男は苦笑を浮かべた。
「名前は言えるかい?」
「トーリス」
「トーリスくんはこっちの子だろう。君はレイノンくんだね」
「ああ、僕の名前?うん、レイノンだよ」
てっきりトーリの名前を聞かれたかと。別にトーリは二日も眠っていたわけじゃないだろうし、さすがに名前くらい聞いてるか。
「意識ははっきりしているみたいだね。何か食べれそうかな?乳歯が一本抜けたみたいで、少し食べづらいかもしれないけど」
言われて舌で確認すると、確かに、前から三番目の右側の歯が一本抜けている。顔の右だけ腫れている感じがするし。
「んー、なんでもいい?」
「聞いてから判断するよ。言うのは自由だ」
「じゃあ……とりあえず。この二日、トーリが食べたものを聞いていい?」
「え?ああ、えっと、紙に書くから待っててくれ」
相当、記憶力――いや、記憶の引き出しというか、思い出す力が高いのだろう。止まることなくすらすらと綴っていく。
「はい」
「ありがとう。……トーリは朝ご飯、まだだよね」
「そうだ」
僕にも読める文字で書いてもらったそれを、順に見ていく。どれだけ食べたか、どれだけ残したかまで詳細に綴られている。
料理名が未知すぎてよく分からないが、あまり、食べていなさそうだ。警戒して――というよりは、僕を心配して食べられなかったのだろう。まったく、トーリは。
「肉まんがいい」
「肉まん……ってなんだい?」
「あ、ヘントセレナにはないんだ。じゃあ、ふわふわの生地でお肉を包んだ食べ物ってない?」
「ふわふわ……うーん、バノックみたいなものかな。でも、この二日の献立と何か関係が……?」
「いや。献立は単に、僕がトーリのすべてを把握してたいだけ」
「お、おう。バノックに肉団子を乗せるくらいなら用意はできるが、起きたばかりで重たくないかい?」
「僕がどうとかは関係ないよ。ただ、トーリが肉まんを食べたいだろうから。よろしくね――ジタリオさん」
「ん……?分かった。少し待っていてね」
男は不思議そうな顔をしながらも、聞き返すことはしなかった。
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