第29話 痛みの共有

「むにゃ……」


「おはよ、トーリ。起きた?」


「れぃ……レイ!?起きたのか!大丈夫か、痛くないか!?」


 ぐわんぐわん揺すられて、めまいがする。


「大丈夫大丈夫。痛くないし、元気だから」


「そうか――よかった……」


 取れかけた頭巾を深くかぶせて、頭をぽんぽん撫でる。腕を伸ばすと脇腹がめちゃくちゃ痛い。


 表情は隠せないが、頭巾さえ被せておけば、トーリに僕の表情は悟られない。大丈夫。顔に出やすくても、声だけなら我慢できる。


 けれど、無理して痛くないと言っているのに、トーリは寝台に顔をつけて、泣いてしまった。そのまま、僕の手をそっと戻す。


「この辺が痛かっただろ」


 トーリが自分の脇腹を痛いと擦ると、不思議と僕の痛みが少し、和らぐ。


「嘘つくなよ」


 ――そうだ。忘れていた訳ではないが、トーリと僕は痛みを共有しているから、痛みに関しての嘘はつけない。


「ごめんごめん。まあ、さすがに痛いは痛いかな。色んなところが。あ、ほら!もうすぐ肉まんモドキが歩いてくるから、元気出して」


「足の生えた肉まんなんて食えるかっ。というか、なんでオレが肉まん食べたいって分かるんだよ」


「なんとなく。トーリも分かるでしょ?」


「――レイは今、スイカが食べたい」


 正解。さすがトーリ。やっぱり僕たちは、双子だ。でも、赤い果実はこの国には存在しない。きっと、外側が緑でも。


「ハズレ。僕も肉まんが食べたい」


「レイが食べたいのは足の生えた肉まんだろ。オレと一緒にするな」


「トーリ、ボクヲタベテ?」


「ひぇ、黙って食われてくれょぉ……ん、来たな」


 それから少しして、ジタリオさんが部屋にやってきた。お皿にはほかほかの肉まん……とは似ても似つかないものが載せられている。


「レイ、こちらは――」


「ジタリオさん、でしょ?」


「正解。さすがだな」


 別にトーリから名前を聞いていたわけじゃないが、夢で見たような感覚というか。こういうことは往々にしてある。


「まさかとは思ってたけど、君たちは不思議だね。昨日までトーリスくんの体もあちこち腫れてたんだよ」


「そうなの?」


「眠れぬ夜を二回も過ごした」


「可哀想に……」


「お前のせいだっ」


「ははっ、仲良しだね。はい、どうぞ」


 ジタリオさんにお皿を差し出されて手に取……いてて。正直、食欲が湧かない。


「オレが取る。ありがとうございます」


 やってきたのは、ところどころ焦げ目のついた、歪な形の大きくて白いふわふわパン。その上に、でん、ででん、ででどん!と、肉団子がたっぷり乗っている。


「ありがとー。ちょっと待ってね、トーリ。今食べさせてあげるからね」


「いや、けが人はお前だっ。それに無理するとオレも痛いからやめろ。ほら、口開けて」


 なんと、一口大に千切って、食べさせてくれるらしい。しかも、肉団子は避けつつ、タレをつけてから運んでくれる。


 ――な、なんて優しい……。こんなの、無限に食べられちゃう。あっ、頭の傷が開きそう。鎮まれ……。


「はむっ。……なるほど。無理するとトーリからご褒美がもらえるのか」


「今回限りだ」


「えー……。ところで、チリリンとピスパクは?」


 ジタリオさんに尋ねる。トーリとリアの様子から、無事だろうとは分かっていたが、一応。


「ちり、ぱく……ああ、一緒にいた大きいサソリと君が捕まえた黒い蝶のことかな?それなら、ニーガステルタ様のところにいると聞いているよ。蝶はムーテ様の空間収納だね」


「ニーガステルタ様……」


 恐らく、ルジがニーグと呼んでいた人のところだ。ルジが偉い人と仲良しなのは慣れているからまあいいとして。どうやら、ジタリオはルジからある程度の説明を受けているらしい。


 ムーテがどこの偉い人の娘なのかも、聞かずともそのうち分かるだろうし、興味がない。そんなことより。


「そっかあ。ピスパク、無事でよかった――」


「よくない。大体、お前はなあ」


「はいはい。ほら、早く食べないと、足が生えて逃げてっちゃうよ」


「ふくすっ……。逃げてくわけないだろっ」


 と言いながら、僕に食べさせてばかりだった、肉まんモドキ――のばっく?のっくばっく?とやらを、やっと自分の口に放り込んだ。


「いやあ、びっくりしたよ。急にスカルピオンから飛び降りるから、慌てて救助に向かったんだ」


 スカルピオン――チリリンのことだろうか。その瞬間を見ていたということは、ジタリオさんは僕たちを追っていた緑の軍団――緑の外套を羽織った自警団か何かの一人ということ。


「ここは――どこ?」


「東ヘントセレナ騎士団所有の療養所だよ。最初は国営病院にしようかと思ったんだけど、スカルピオンが君と離れたがらなくてね」


 騎士団しょゆーとか、りょーよーじょとか、こくえーとかはどうでもいいけど、チリリンが僕を大好きなのは分かる。


「えへへ、照れちゃう」


 こんこんと、窓がノックされる。ちらと見れば、そこには大きな赤いサソリの姿が。


「チリリン!」


「チリチリ!」


 手を振ろうとしてぴきっと、脇腹が痛んだので、そのまま腕を下ろす。


「今のは痛かった……」


 トーリが恨むような目つきで見上げてくる。気をつけよう……。


「ゴメン。あ、ねね、僕、歩いていい?」


「……両足とも骨折してるから、かなり痛い……いやむしろ、関節が何個か増えそうだけど」


 トーリがぶんぶん首を振るので、しばらく我慢しようと決める。――そこで、ふと、嫌な予感が浮かんできた。


「ねえ、チリリンって、ニーガステルタさんのところにいるんじゃなかった?」


「そうだな」


 と言いながら、トーリが僕の口にのば……なんかパンを突っ込んだ。


「ラウー!」


 リアが喜んで窓辺に駆け寄り、尻尾をピンと上に立てて、爪でカリカリする。


 ……いやーな予感が確信に変わっていく。リアが上手に窓を開けて、ぴょんとその胸に飛び込んでいくのが見えた。


「やあ、レイノン。元気そうで何よりだよ」


 レイノンと呼ばれた。レイ、ではなく、レイノンと。


 優しい言葉、優しい声、優しい表情。


 どっちだろう……?

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