第21話 追いかけっこ

「さ、ムーテ姫。今のうちに逃げようか」


「え?」


 ぽかんとした顔のムーテを抱えて、リアに頼んだと目配せする。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、ここじゃなんだし、姫についてる監視の目が邪魔でさ。チリリンに意識が集中してれば、こっちの監視は薄くなるだろ?」


 それに、分散していた監視の目を、一つにまとめられる。


 できる限りの予備動作を省いて、チリリンから離れる方に、俺は走り出す。監視の目は不意の挙動にも迷わずついてこられた、三人に絞られた。


「どうして、監視さんたちが私を見張ってるって分かったの?」


「さあ、なんででしょうか」


「見張り自体はるじなら気づきそうだけど、私を、ってことは、知りようがないんじゃ」


 昨日の昼までは俺だって知らなかった。ずっとニーグが居座り続けているものだと高をくくっていたから。


「ゆうべ、ニーグから聞いたんだよ。ラスピスが今はとっても偉い人だってな」


「ニーグおじいちゃんに昨日、会ってきたの?」


「一から話せば長くなるけど、あいつはチリリンの飼い主なんだよ」


「――あはは、相変わらずクセ強いなあ」


 想いはニーグの一方通行かと思っていたが、ちゃんと関係は良好らしい。


 それにしても、ニーグは天涯孤独のはずだが。


「今からおじいちゃんのところ行くの?」


 おじいちゃん……いい響きだ。


「そうしたいのは山々だが――」


 個室という点でニーグの家は密談に向いているが、所在が国に知られており、かつ俺が知人だと昨日明かしてしまっている。当然、真っ先に調べられるに違いない。


 チリリンが不在であれば、緑の軍団が魔法行使に出るのは間違いない。相手が弱そうに見えれば強気に出てくる。そういうものだ。


 無理な捜索で家中を荒らされる可能性がある以上、表立っては頼りづらい。いずれにせよ、匿っていると決めつけられて無理矢理に、という可能性もあるが。


 昨夜邪魔が入らなかったのはきっと、チリリンがいて近づけなかったからだろうし。


「あ、るじ見て。黒い蝶々が飛んでる」


 見上げれば確かに、黒い蝶々がひらひらと空を舞っていた。ラスピスイーター――別名、赤食い蝶だ。


「――あ、いいこと思いついた」


 まずは追手を撒くところからたが、建物は地下ばかりで、遮るものがない。隠れる場所と言えば店内くらいだが、話をするのに向いている店など知る由もない。


 それに、ムーテがまだ頭巾を被っていることから推察するに、彼女は広く顔が知られているのだろう。


 見張りから逃げるためだけという理由なら、この国に入った時点でとっくに外している。


 見張られる者は視線に敏感だから、ムーテも最初から気づいていたはず。気づかれているのに対策しても、無意味だ。


 つまり、ムーテを隠しきれるところなどどこにもないということ。ムーテ自身の家は、使っていいならそう言っているだろう。


 が、一つ、いい案がある。


「いいこと?」


「家の屋根に鳥が止まってても、誰も気にしないだろ?」


 魔法で空は、まだ飛べない。だから意識は上方には向かない。


 それに、日常的に建物がすべて地下にある生活により築かれた、ヘントセレナ国民の注意を向ける方向や考え方の癖を推察するに、大半の意識が地面の下に向く可能性が高い。


 ――方針も決まったところで、あえて手加減することでなんとかついてこられていた見張り三人を、本気で振り切ることにする。実力は、大体把握した。


「の前に」


 人間の跳躍では手の届かないところを舞う蝶を、飛び膝蹴りで壊せば、バリバリと音を立てて崩れ、落ちる。


「……機械だ」


 ぼとんと落ちた胴体から、銅線がむき出しになっている。よく見ればその間から輝く石英のようなものが見えた。


「少なくとも生き物じゃないみたいだな。――さてと。邪魔もいなくなったし、本気出すか」


 緑の軍団のうち三人との、追いかけっこの始まり。


 向こうには魔法があることだし、どこまでついてこられるか、楽しみだ。


「まだ本気じゃなかったんだ。魔法も使わずこの速さで――」


「しっかり掴まってるんだよ」


 一段階、速さを上げる。魔法で強化してやっとだったらしく、一人脱落した。が、魔法の方が速いと考えたのだろう。風の弓が射られ、追尾される。


「風の弓か。判断が早いのはいいことだ」


 迫る矢を腰に下げた刃物で真っ二つに切り裂くと、二つに割れた矢は俺の両脇を通り抜け、互いにぶつかり合って消滅した。


「だが、まだまだ魔法の構築が甘いな。風の揺らぎが多い。風の密度を大きくすれば、刃物くらい潰せる。もっと精進しろ」


 二段階目。魔法も行使し、あるいは捕縛から討伐するに目的を変更したらしい残る二人が、いよいよ距離を詰めてくる。


 片方が前に出て追いつき、まるで剣をその手に持っているかのように、俺の背中めがけて空の腕を振るい――直前で、土を固めた剣が現れる。直前まで何が来るか分からない、良い手だ。だが、


「早すぎる」


「え?わ、わわわっ、わーっ!?」


 剣はその場に屈んでかわし、勢いを殺しきれなかった追手が俺に躓いて、前方に吹っ飛んでいく。それを飛び越え、さらに逃げながら、言いおいていく。


「直前まで手の内を見せないのは良い策だが、もっと限界を狙わないと、早すぎて対処する隙がある。それと、剣の重さがない分、重さを活かして速度を出すことはできないから、最初の加速を磨いたほうがいい。つまりは遅すぎて、何かあると警戒させてしまうのが惜しい」


「何様のつもりだ!腹立つ〜〜〜!!」


 ……っと、この声は。昨夜、俺に化け物だとか言って誹謗中傷してきた女だ。


 すっ転んで無様に這いつくばっている姿を見ると、実に――愉快だ。


「――くすっ。頑張れよ」


「キーーッ!!」


 反骨精神があるのは、いいことだ。きっと、強くなるだろう。


「ププリカちゃんと知り合い?」


 彼女はププリカという名前らしい。


「昨日、化け物って呼ばれた仲だ」


「あはは、言いそうー。ところで、るじって」


「ん?」


「魔法を使い慣れてるよね。なのに、どうして使わないの?」

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